お口を開けて

「子どもか!」

私の意味不明の叫びを何とか聞き取ったゆかりさんが容赦なく叱り飛ばす。そして、いつもサクサク仕事をこなしていく彼女の行動は私の予想より遙かに素早かった。

視線は窓の外にやりながら、受話器を手に取り小気味よいリズムで番号をプッシュする。
すぐに電話が繋がったようで、彼女はためらいもなく話し始めた。

「歯が痛くて今すぐ診てもらいたいんですけど、大丈夫ですかね?」

私は慌てて彼女の視線の先を追う。
向かいのビル。
窓に書かれた『スマイルデンタルクリニック』の文字と電話番号。
その横にはニッと笑って綺麗な歯を見せつけるマスコットキャラクターらしいウサギの絵。
その可愛らしい筈のウサギの絵を見て、私はたちまち凍り付く。

やばい。これって……

「はい、予約完了。すぐ診てもらえるって。良かったわね、喜羅ちゃん」

まるで福引きで当たりくじでも引き当てたかのように、ルンルンと鼻歌交じりで話すゆかりさん。私はそっと視線を逸らして聞こえなかった振りをしたものの、それで逃げ切れるはずはなかった。

「喜羅ちゃん、逃げても無駄だからね?ここから、向かいのビルは丸見えだし。行かなかったら、どうなるか分かってるわよねぇ……今すぐ、荷物まとめていってらっしゃい!」

再び視線を合わせたゆかりさんは、怒る以上に怖い満面の笑みで、私を見下ろしていた。

「ひゃいっ」

その笑顔に思わず声が裏返るほど震えた私は、すぐに荷物をまとめて事務所を出た。
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