お口を開けて
「お待たせしました」
そのひと言と同時に、姿を現した白衣(だけど色は紺色)の男性。挨拶を返そうと振り返った瞬間に、私は思わず固まってしまった。
一重の切れ長の瞳が、こちらを睨むように凝視している。
が、眼光が鋭すぎる!
ここは、スマイルデンタルクリニックじゃないのか!!と、ツッコみたくなる位の鋭さに、本気でここへ来たことを後悔する。
私の表情から何かを読み取ったのか、途端にその顔が貼り付けたような笑顔に変わった。
「歯科医の小倉千成(おぐらゆきなり)です。よろしくお願いします」
わざわざマスクをずらして、にっこり笑顔で首を傾げる。全体的に整った涼しげな顔立ち。きっちりと掛けられたシルバーフレームの眼鏡のせいか、どことなく神経質そうな印象を受けるが、にっこりと上品に微笑んだ顔は、爽やかで好印象……
……って、いやいやいや、全然取り繕えてないから!!
心の中で勢いよくツッコミをしたものの、「はい、じゃあイス倒しますね」と、されるがままに仰向けになっていく。
「今日は、奥歯の痛みで………二週間も前からですか?」
「はい、スミマセン」
「………では、お口を開けてください」
問診票を確認しながら、一瞬信じられないと言った表情になりながらも、何とか営業スマイルを保ったらしい小倉先生に口の中を覗かれる。どうやら、涼しげな見た目をしている割に、感情が顔に出やすいようだ。
「こ、これは…」
小さなミラーを口の中に差し入れて、奥歯を確認しながら、彼はあからさまに眉間に皺を寄せる。
マスクではまるで隠しきれていない、その表情に私の不安は募る一方だ。
「あぁ」
溜息交じりのひと文字が、私の肩、いや顎に重くのしかかる。その重圧で思わず口を閉じたくなった。