沈黙の境界線
あの事件の場所が視界に入ることが恐くて、俯いたまま
自分の足先だけを見つめて歩きながら
聞こえてくるのは緊張で加速していく鼓動の爆発音。
あの場所まで徒歩で5分とかからない道のりを何度も足を止めて
呼吸を整えて歩く。
毎日歩いていた道が
獣道のように感じるのが錯覚だと分かっていても
徐々に速度が落ちていく足取りは
体の震えに耐えきれなくて
意思に関係なく動きを止めてしまった。
頭では大丈夫と分かっているのに。
心が鮮明に覚えている恐怖が
無意識に私を止める。
震える太股をさすりながら
涙がアスファルトに落ちていこうとした。
「歩け。」
どこからか聞こえた
叱るでも急かすでもなく
私の心に差しのべられた言葉に
こぼれ落ちそうだった涙がすーっと退いていく。