ナイショの恋人は副社長!?
――『嘘はつかないで』
優子の脳裏に、敦志の顔と声が響く。
すると、あれだけ悩み迷っていたのが嘘のように、勝手に口から言葉が出てきた。
「申し訳ありません。私はあなたについていくことはできません」
ヴォルフは深々と頭を下げる優子を、驚いた目で見つめた。
「我がヒメル社を知らないわけではないよね? キミのその答えと引き換えに、何を失うか――わかっている?」
あまりにハッキリと拒絶され、呆然としながらも、優子に最後の勧告をする。
それでもやはり、優子は顔を上げるとピンと背筋を伸ばし、凛とした声で言った。
「自分に嘘は吐けない。それに、そう約束した人がいるんです」
「……サオトメか」
言い当てられた名前に、ピクリと優子は反応を示しつつ、明確な答えを口にせぬまま、改めて一礼する。
「失礼します」
優子は踵を返すと、颯爽とヴォルフの元を去っていく。
その背中を見送るヴォルフは、「ふー」と長い溜め息を吐いた。
「どうやってアイツと会おうとしているんだ。今頃、ドリスが連れ出しているのに」
ホテルの大きな窓ガラスに背を預けると、優子の携帯を視線の高さまで持ってくる。
「携帯(こんなもの)、返してほしいと乞う必要もないってことか」
携帯を手に失笑し、優子の後ろ姿をもう一度見た。
角を曲がる優子を見届け、視線を戻そうとした時に、優子の背後を歩く男に目が留まった。
(偶然か……?)
その黒い服装の男が妙に気になり目で追うが、すぐにその男も優子の後に続くようにして曲がり角へと消えて行った。