ナイショの恋人は副社長!?
カタカタと小刻みに身体を震わせる女は、乾いた唇を小さく開いて白状する。
「す、すみません……っ! 偶然見掛けたので……酔った勢いでつい……。この間、あの子が全然動じなかったのが面白くなくて。それを話したら、あの男たちが悪ノリして……」
俯いて蚊の鳴くような声で説明する内容に、敦志は軽蔑にも似た眼差しを向けて答えた。
「悪ノリ、ね。それを陰で見届けてるあなたも同罪だということを忘れないように。処分は追って連絡します」
敦志に言われた女は、一瞬視線を上げると、真っ赤な顔でその場を走り去っていく。
人混みを縫って駆けていく後ろ姿を敦志とヴォルフは黙って見ていた。
「言ってることはわからなかったけど、ひとまず一件落着ってとこかな?」
ヴォルフが片手をジーンズのポケットに突っ込み、頭を掻いて言う。それに対し、敦志は何も答えず、難しい顔をしたままだ。
ヴォルフはそんな敦志を見て鼻で息を吐くと、宙を見つめ、ぽつりと呟く。
「だけど、ホテル前の人影は、さっきみた男たちじゃなかったような気がするんだけどなぁ」
いつもの冷静な敦志であれば、今のヴォルフの発言に違和感を抱き、すぐに思考を巡らせたところだろう。
しかし先程の、苦しそうな顔をして去っていった優子が頭から離れない敦志は、そこまで気に掛ける余裕を持ち合わせていなかった。
敦志の脳裏には、今にも泣き出しそうな声を出し、顔を背けた優子の姿しかない。
「ところでユウコはどうしたんだ? さっきの子を捕まえて戻ったら姿が見えないんだが」
明らかに様子がおかしい敦志を横目に、ヴォルフは辺りを見回して口にする。
電話をしようにも、優子の携帯はヴォルフが持ったまま。
敦志は未だに惑乱していて、その場に立ち呆けていた。
(どうして、捕まえたと思ったらまたいなくなるんだ)
数分前。確かに、この手の中に優子はいたはずなのに――。
自分の手のひらを見つめ、メガネの奥の瞳を揺らす。
その手をグッと握り締め、視線を上げたところに、敦志の携帯が音を上げた。