ナイショの恋人は副社長!?


「痛い! もう、離してよ!」
 
そう声を上げるのは優子。
 
両手を後ろに回されて拘束されているものの、威勢よく反抗する態度を見れば、そこまで深刻な状況に思えない。
優子の手を押さえて、後ろから誘導して歩く背丈のある大きな男は眉を下げる。

「……ごめん。でも、隙見せると優子は仕掛けてくると思って」
「私がもう現役から退いて、何年経つと思ってるの? 柾兄(まさにい)」
 
全身黒めの服装で、見るからにちょっと怪しい男を、優子は『柾兄』と呼ぶ。
 
柾兄こと、柾利(まさとし)は、もう一度「ごめん」と言いながらも優子を解放せずに、とある部屋に足を踏み入れた。

「でも、ここ一、二週間の様子を聞いたが、痴漢を撃退したり、ジムにも時々通っているらしいじゃないか」
 
さっきの優子の言葉に突然言い返してきたのは、柾利ではない。
道場で腕を組んで立っていた、優子の父・武徳(たけのり)だ。
 
優子は道場のある実家に連れ戻されていたことは、道中の車で理解していた。
それでも、久しぶりに顔を合わせる父を見て、咄嗟に何も言えずに閉口する。

「それに、ついさっきも男ふたり相手に……」
「柾兄、余計なことまで言わないでっ。っていうか、私を観察してたの!?」
 
柾利が先程の一件を口にしようとした時に、優子がそれを制止する。そして、キッと鋭い目を武徳に向けた。

「就職して約三か月。どんなものかと心配になって、少しな」
「心配になってって! そんなコソコソ様子窺うなんて、卑怯じゃない。しかも柾兄まで巻き込んで」
「柾はもうウチの家族みたいなものだし、問題ないだろう」
 
武徳が柾利に視線を送って言うと、柾利はようやく優子の手を解放する。
掴まれていた手首を軽く自分で握った優子は、柾利を振り返った。


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