ナイショの恋人は副社長!?
「わたくしは、早乙女と申します」
「存じ上げております。副社長でいらっしゃるんですよね? まさか娘のために、こんなところまで足を運ばれるとは」
 
初めは驚いていたものの、すぐに冷静になる武徳は、やはり優子と同じ。
おそらく、空手を通して、常に冷静沈着でいることが身についているようだ。
 
敦志もまた、いつもと同じように柔らかな物腰で怯むことなく言葉を重ねる。

「ご迷惑とは承知で伺いました。しかし、どうしても彼女と直接話をしたい、と」
「申し訳ないですが、優子の将来は決まっている」
 
敦志の言葉を聞き入れる様子も見せず、武徳はそう勝手に言い切る。
優子は、敦志が表れたことによって、父親に反抗する気持ちも忘れ、黙ったままだ。

心の中では、すぐそこにいる敦志の元に駆け寄って、叶うならば、その胸に飛び込みたい。
さっき抱きしめられた感覚を思い出すと、ますますその気持ちが強くなる。

自分の感情の大きさには当然気がついている優子は、もはや今までのように敦志の姿を見ているだけでいいとは思えないという結論に達する。
 
すると、目の前の敦志の元へ行くことはおろか、仕事を継続することも難しい気がしてならない。
本心と現実の狭間で揺れ動く気持ちの収拾がつかず、優子はただその場に立ちつくすしかなかった。
 
そんな時、武徳に対し、反抗心を露わにしたのは、敦志でも優子でもなくヴォルフだった。

「Dumm!(ばかげてる)」
 
ヴォルフはつい、ドイツ語のまま声を上げたが、言葉が通じていないのがわかって英語で仕切りなおす。

「ユウコ(こども)の人生は親(あなた)のものじゃないだろう!」
「……わかっている。だから、今日までそれなりに自由にさせていた」
 
すると意外にも、武徳は英語が達者なようで、ヴォルフに即答した。
その答えにヴォルフはさらに憤慨し、優子の元へつかつかと足を向ける。

「ユウコ。オレと一緒にドイツへ行こう!」
 
そう言って、ヴォルフが優子の手を取ろうとした時。

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