ナイショの恋人は副社長!?
心の中で呼びかけたのとほぼ同時に、柾利が距離を詰め、素早く右の拳を敦志の上肢へ伸ばす。
敦志が柾利の中段突きを食らうと、その場にいた誰もが思った瞬間。
「つ……ッ!!」
声を漏らして腹部を押さえ、蹲っているのは柾利だ。
素早く柾利の正拳突きを僅かにかわし、相手の懐に向かって右足を踏み出して、左の拳を脇腹に入れた。
一瞬の出来事に、全員が目を剥いて固まる。
「ご……後の先(ごのせん)……!?」
思わず口から出したのは優子。
後の先――いわゆるカウンター。
相手の攻撃の隙をつき、攻撃をするというものだ。それは当然、まぐれで出来るものなどではない。
「な、なんで……?」
優子が呟くと、姿勢を正した敦志が苦笑いを浮かべた。
「……たまたまですよ」
驚いた目をしている柾利に笑顔を向けて、こう続けた。
「もう一度、と言われれば、きっと私は負けるでしょう」
「……左利きだったとは……。いや、それ以前に、まさか経験者とは思わなかった」
「その『まさか』が重なったおかげです。『素人相手だから』という慢心に、つけ込めただけですから」
呆然とした柾利に言われ、敦志は穏やかな口調で返す。
ふたりの会話を優子もまた放心状態で聞き、独り言のように呟いた。
「そうだとしても……。あんなこと、口で言う程簡単には出来ないはず……」
小さな声だったが道場はしんとしていたため敦志の耳に届いていて、ゆっくり振り返った敦志は微笑んだ。