ナイショの恋人は副社長!?
「身体が鈍らない程度には、今でも稽古をするようにはしているんだ。……色々あって、強くならなければと思った小学一年の頃から――」
 
敦志は左手を開き、手のひらに視線を落として過去を思い出す。
優子は、その横顔を食い入るように見つめた。

「ある人を守りたい、と。守らなければと思ってきた。だけど、オレの家には武道を習うような余裕はなかった。……そんな時、ある人に出会った。近所の道場をいつも覗き見していたオレは、誰もいない道場の中に連れて行かれた」
 
軽く手を握りしめた敦志は、過去の場面を思い返して口元を緩めた。
普段から穏やかな雰囲気の敦志だが、今の敦志はまた少し違う空気を纏っていた。

「いつも覗いていたから、絶対に怒られると思った。だけど、その人は試すようにオレの目を見て言った。『途中で投げ出さないと約束できるか』と」
 
上手く言葉には言い表せなかったが、目の前の敦志は身近に感じられた。
それが、なぜかは優子にわからないことだったが――。

「彼は次期師範になる人だった。それなのに、生徒の稽古が終わってから、こっそりとオレにも稽古をつけてくれた」
 
ひと言ずつ懐かしむように続ける話に、優子はどうしてか胸がざわつく。

「力や技に頼るのではなく、心も同時にコントロールすること。真摯に向き合うべくは自分自身であると教えてくれた」
 
そして、次に聞いた敦志の言葉に、大きく動揺し、目を見開く。

(ちょっと待って……。それって、なんだかすごく似てない?)
 
なぜ、敦志がこの場でそんな身の上話をするのかと疑問に思っていた。目立たないわけではないが、いつも陰に立つ印象のある敦志なだけに、自分の話をこんなにするのは違和感があった。

さらに、今敦志が話した内容は、父がよく口にする言葉と一字一句違わない。
 
その理由に、『もしかして』とたどり着きそうになった優子よりも先に、武徳が口を開く。


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