ナイショの恋人は副社長!?
 
まさか、片思いの相手が自分のために父親に頭を下げるなど、誰が想像しただろうか。
優子は言葉を失ってしまって一歩も動けずにいた。
 
武徳は、両手をついて頭を下げている敦志の元に、ゆっくり歩み寄る。
敦志の目の前まで行くと、片膝をついて肩に手を置いた。

「……頭をあげなさい。認めるのは、根性のある強い奴だけと言ったはずだ」
 
敦志はそう声を掛けられ、窺うように静かに顔を上げる。

「私の教えを今でも覚え、守っているアツシ(お前)だ。信用するしかないだろう」
「お、お父さん……?」
 
優子が何度も目を瞬かせて声を漏らす。
 
あれだけ口を酸っぱくして「放っておいて」と何度言っても効き目のなかった父が、敦志を前に呆気なく降参させた。
 
そもそも、ここに敦志が来たことも、自分のために頭を下げてくれていることも、あの甘いドイツ語も、すべて夢なのではと思ってしまう。

「男に二言はない。好きにしたらいい」
「ありがとうございます」
 
優子が事態についていけなくても、話はどんどん進んでいく。
 
スッと立ち上がった敦志は、今では武徳よりも背が伸びて見上げられる方になっていた。
改めて大きくなった敦志をみた武徳が、少し照れくさそうに目を逸らす。

「六歳のお前に感じたものを、今のお前にも変わらず感じた。だから、娘を任せてもいいと判断しただけだ」


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