ナイショの恋人は副社長!?
昨日、敦志に触れられた手。
 
その微かな感覚を思い出すように手のひらを見つめ、軽く握った。

(あの人たちが言ったように、彼は私にとって、雲の上の存在なのに)
 
今朝の更衣室での他人の会話を思い出して、唇を噛んだ。
 
完全な片思い。それどころか、立場の違いから、片思いと言うのもおこがましいかもしれない。
けれど、どうしたって、優子の中にいる敦志の存在は消せるものではなく……。
 
ついこの間までは、こうして受付に立って、彼を見つけてはその姿を眺めるだけで満足していたはず。
それが、あの日、声を掛けられ……昨日は、名前を口にして微笑み掛けてくれた。
 
単純かもしれないが、それだけで優子はもう、敦志への感情を抑えることが難しくなっていた。

(こんなんじゃ、ますます平凡な恋愛から遠ざかってるじゃない)
 
行き場のない思いと、コントロールの利かない心。
 
優子は、ぼんやりと焦点の合わない目で受付に座っていた。

いつの間にか時間は過ぎ、今本が笑顔で戻ると、優子は席を立つ。
更衣室へ向かい、ロッカーから弁当を手に取ると、優子はひとり、外へ出た。
 
普段から外食もしない優子は、いつもひとりで食事をとる。
同期も数名いるものの、部署も違えば会うことも滅多になく。
それに加え、通常より一時間ずれて休憩に入っているのだから、誰かと共にすることは不可能だった。
 
しかし、それも優子にとっては悩むほどのことではない。
小さな頃から今日まで、特別親しい友人は、ほとんどいなかったから――。

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