ナイショの恋人は副社長!?
ぼそぼそと口にした言葉だったが、道場にいる全員の耳に届いた。
敦志は満面の笑みを浮かべ、もう一度頭を下げる。
「跡取り候補だなんて、本当に恐縮です。ただ、十数年ぶりに突然あわられた私なんかよりもずっと、こちらの道場を大切に想っている方がいるようですよ」
そう言って視線をちらりと柾利に向けると、柾利は目をぱちぱちとさせて恥ずかしそうに俯いた。
「お父さん。私……空手が嫌いなわけじゃない」
そこで、ようやく気持ちが落ち着いてきた優子が口を開く。
「だって、空手には助けられたことばかりだし」
優子にとって、空手は救いだった。
どんな時でも真っ直ぐ立っていられる安心材料であり、心を強く維持させる大切な存在。
純粋に空手は好きだったが、あまりに武徳が重圧を掛けてくるがゆえ、自分との気持ちの相違に逃げるしか考えられなかった。
年頃の女の子だ。やはり、武道に明け暮れ、後を継ぐということまでは考えられない。
だけど、あんなに自分を支えてくれた空手を切り捨てることは出来なかった。
「ひとり暮らしを始めてから、満足に身体を動かせてないの。……だから、たまに実家(ここ)にきてもいいかな?」
今までいつも、父と娘が話し合ってもこじれるだけで、母親の仲裁もあまり有効ではなかった。
それが今、敦志(第三者)がいてくれることによって、こんなにも素直になれる。
「……なぜいちいち許可を取る? ここはお前の家でもあるんだ」
父に向って自然と笑みが零れたのは、いつ振りだったか――と、優子は穏やかな気持ちで思った。