ナイショの恋人は副社長!?
敦志の笑顔は何度も見ているが、堅苦しい口調ではないことにすごく緊張させられる。
ふたりは夜道を並んで歩いて行く。
さすがにこの状況で冷静になどいられない優子は話しかけることはおろか、目を合わせることすらできない。
すると、歩きながら敦志が「ふ」と笑った。
「優子さんの投げ技。師匠がよく言っていた言葉をそのまま再現したもので驚いた」
「えっ」
優子は、男を投げた姿を見られたことを思いだし、顔を赤くする。
チラッと横目で優子を見て、敦志は微笑んだ。
「『投げるなら、二秒の間に』。確か、そう言っていたけれど、小さい頃のオレにはピンとこなかったから」
それも、確かに父がよく口にする言葉だ、と優子は思うと、改めて敦志が自分の道場にいたのだと思い知らされる。
不意に敦志が足を止め、優子を見つめた。
優子はドキリと胸を鳴らし、一歩進んだところで立ち止まる。
「あの頃、名前なんて気にもせず、ただ『師匠』って呼ばせてもらっていたけれど、考えたら〝鬼崎〟空手道場だったんだ」
敦志は苦笑して視線を落とす。それは、昔を思い出しているようだった。
「いや。他の生徒がよく陰で言っていたんだよ。『鬼師匠』って。それって、今思えば苗字に掛けて言っていた言葉だったんだな」
「鬼のように厳しかったから。あ、たぶん今もですけど……」
「うん。だけど、やっぱり心は優しい人だと思う。そうじゃなきゃ、こんなに優しい子に育たないよ」
臆面もなく言われ、優子は上げた顔をまた下向きにさせる。
俯いた視界に見慣れたノートが映り込んできて、優子は目を見開いた。