ナイショの恋人は副社長!?

草むらのために足音もせず、気づくのが遅れた優子は、驚きのあまり声を失った。
名を呼ぶ声に振り向いたまま硬直していると、その相手はにこやかに続ける。

「そうか。インフォメーションは休憩がずれることありますもんね」
「ふ……副社長! どうして……」
 
見上げた先には、青々とした空を背負った敦志の姿。
白昼夢でも見てるのかと、頬を抓りたいところだが、あいにく両手は塞がっている。
 
目を白黒とさせている優子を見下ろす敦志は、左手でメガネを押し上げた。

「すみません、驚かせてしまいましたね。ここは、たまに通りがかるんです」
「あ……そう、なんですか」
「ええ。昼食を買いに出る時などに」
 
にっこりと微笑まれる優子は、咄嗟に目を横に逸らす。
敦志の言葉に話しかけたいことは山ほどあるが、思いがけない出来事への驚きに言葉が出てこない。
 
瞬きも忘れ、時折、チラッと敦志の顔を見る。
動揺している優子に対して、敦志は優しい雰囲気のまま、視線をずらした。

「美味しそうですね。鬼崎さんの手作りですか?」
 
優子が手にしていた弁当箱を見た敦志は、感心したように質問する。

つい今しがた、『こんな弁当は誰にも見せられない』と思っていた。
その矢先、よりにもよって、想い人に見られてしまった優子は心に大きな打撃を受ける。
 
そうかといって、あからさまに広げた弁当をしまうのも出来ず、優子はただ返答を躊躇った。

「あの……恥ずかしいですけど、一応……そうです」
「恥ずかしい? なぜですか?」
 
どうにか答えた優子に、間髪入れずに不思議そうな目を向け、敦志がさらに尋ねる。
優子は、徐々に俯いていき、いつしか視界には自分の弁当だけが映り、ボソッとその理由を口にした。

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