ナイショの恋人は副社長!?

「だって……地味ですし。なんの工夫もない節約弁当で……。それよりも、副社長も、ご自分でお昼を買いに出ることがあるんですね」
 
途中で話題を変え、先程感じた違和感をぶつけてみる。
すると、一瞬目を丸くさせた敦志が、軽く何度か頷いた。

「ああ。鬼崎さんは、新入社員だからご存知ないですよね。私は、昨年まで秘書だったもので。今でも買い物なんて、当たり前ですよ」
「えっ」
 
敦志の口から出た、衝撃の事実に、思わず声が漏れてしまう。
驚いた顔の優子に、上品に口角を上げた敦志が言った。

「いいですね、たまに煮物も。今日は私も、煮物のお弁当にすることにします」
 
そうして敦志は、優子の元を立ち去っていく。
敦志がいなくなってもなお、優子は微動だにせずにいた。

「秘書……?」
 
知らなかった事実を知り、本当に驚いた。
しかし、時間が経つにつれ、その事実は妙に納得のいくものだった。

(どうりで、話し方や所作が丁寧なはずだ)
 
敦志の姿や話し方を思い出し、副社長としての違和感だったものがしっくりとくる。
同時に、秘書だった彼が、なぜ突然副社長に就任したのか首を傾げた。
 
初夏の風に吹かれて靡いた髪を耳に掛けなおし、改めて、自分の弁当と向き合う。

「副社長が、煮物……」
 
よくわからないけれど、副社長という肩書の人間は、自分とは違うようなものを食しているイメージがあった。
勝手な想像だが、そういう小さな事柄からして、別世界の人だと無意識に思っていた。
 
頭の中で、敦志が煮物を口にしている姿を想像する。
背筋を伸ばし、スラリとした指で箸を美しく扱い、上品に口に運ぶ様――。
 
それが、やけに似合っている気がして、優子は自分でも驚いた。


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