ナイショの恋人は副社長!?
「お困りでしたら、どうぞ」
　
突然、後ろから声を掛けられたことに驚いて飛び上がる。

優子は、パッと声の主を確認するように振り返った。
すると、そこにはスーツの上着を差し出しながら、柔らかな笑みを浮かべたメガネの男がいた。
　
優子は未だにひとことも発せずに、目を剥いたまま。
　
不意に声を掛けられたことも、自分が困っていることに気づかれたことも驚く理由ではあったが、一番の理由はそれらではなかった。

「衣服のトラブルかな、と思ったのですが。違いましたか？」
「ど、どうして……」
　
差し出されているジャケットに一度視線を落とし、無言だった優子が、ようやく声を絞り出す。
驚きを隠せない顔の優子に反し、男は終始にこやかなままだ。

「ああ。以前にも、同じように困ってる人を見たことがあったので。もしかしたら、あなたもかな？と」
　
そう説明する男は、スッと優子の手首を取り、自分のジャケットを掴ませる。

「これでも目立つかもしれませんけど。でも、ハンカチよりは、これを腰に巻いた方がいいと思いますから」
「でも、上着(コレ)がなかったら、仕事が……」
「心配は無用ですよ。私は、社に予備のスーツを置いてますから。ああ、呼び出しだ。すみません。先に失礼しますね」
　
携帯の着信音が、彼の言葉を遮るように鳴り響く。
男は、優子に軽く頭を下げてから電話に出ると、颯爽と歩き出した。

遠くなる背中を呆然と見つめ、左手に持たされたジャケットに視線を落とす。


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