ナイショの恋人は副社長!?
約二時間後に、ようやく優子のアパート前に到着する。
「鬼崎さん。着きましたよ」
優しく声を掛けるも、優子の返事はない。
敦志は、もう一度名前を呼び、今度は軽く優子の肩を揺らした。
「鬼崎さん。大丈夫ですか? もう着いてますよ」
そこでようやく声を漏らし、優子が薄らと目を開ける。
ボーッとしたままの様子から、優子がまだまともじゃないと悟る敦志は優子の手を取る。
そして、タクシーを待たせたままで、優子を支えながらアパートへと向かった。
八世帯入れるアパートの一階に優子は住んでいる。
しかし、そこまでは知らない敦志は優子に尋ねざるを得ない。
「鬼崎さん、家はこちらで合ってますか?」
右隣の優子に聞くものの、答えが返ってこない。
優子は、目は閉じているが、なんとか敦志の支えで歩けてはいるので眠っていはいなかった。
けれど、酔った頭でいるせいか、敦志の言葉が入っていない様子だ。
仕方なく、そのまま優子を支えた敦志はアパートへとさらに近づき、目の前に立った際に改めて声を掛ける。
「鬼崎さ」
「その名前で呼ばないで……!」
さっきまで、うんともすんとも言わなかったはずの優子が、今度は食い気味に言葉を発した。
吃驚して目を丸くさせた敦志の手から離れ、優子は千鳥足で自宅の玄関先へと向かって行く。
数秒遅れて我に返った敦志が、慌てて優子の後を追った。
一階の奥から二番目のドアで足を止めた優子は、ゴソゴソと乱雑にカバンの中を探る。
酔っていても、日常の生活は身体が覚えているようで、家の鍵を手にしていた。
敦志が見守る中、優子はふらりと足を踏み出し、鍵穴に差そうと手を伸ばす。
けれど、やはり視点が定まらないのか、スムーズには鍵を入れることができない。
「……大丈夫ですか?」
後方から見守っていた敦志が、ガチャガチャと苦戦する優子に尋ねる。
すると、ピタッと手を止めた優子が、俯いた姿勢で振り向くことなく返した。