ナイショの恋人は副社長!?

「私は、ひとりでなんでもできるし……!」
 
大きく叫んだわけではないが、その苦し気に絞り出したような声が、敦志を戸惑わせる。
 
月の綺麗な、静寂な夜。
月明かりの下に立つ優子の背中が、なんだか助けを求めているように思えて、敦志の目に焼き付いた。
 
未だにうまく鍵を差すことが出来ない優子の右手に、敦志はそっと手を重ねる。

「代わります」
 
そう言って、これだけ優子が苦労していた解錠を難なくこなし、「開きましたよ」と隣に立つ優子に声を掛けた。
それと同時に、敦志の左腕めがけて優子が倒れ込んでくる。

「えっ。お、鬼ざ……」
 
突然、寄り掛かられた状況に敦志は声を上げ、優子の名を口に仕掛けた。
しかし、その名前を最後まで口に出すことを躊躇う。
 
その理由は、つい先程の優子の言葉だった。
 
名前を呼ぶことが出来ない敦志は、優子を両手で支え、何も言わずに顔を覗き込んだ。

(どうやら眠ってるだけみたいだ)
 
急性アルコール中毒の類ではないと、ホッと胸を撫で下ろす。
それから肩に優子の手を回して玄関へと運び入れた。

「……すみません。お邪魔します」
 
律儀にひとこと断るものの、家主である優子は完全に意識がなくて、敦志の声など届いていない。
 
ワンルームのおかげで、すぐにベッドが目に入る。
敦志はそこへ優子を寝かせると、掛け布団をそっとかけて踵を返した。
 
玄関に向かって一歩踏み出した時に、背後から小さな声が漏れたのが聞こえ、思わず敦志は振り返る。
 
すると、なにを言ったのかは聞き取れなかったが、優子の目からひと粒の涙が零れ落ちるのを、敦志は目の当たりにした。


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