ナイショの恋人は副社長!?
(何かの約束が差し迫ってて、落ち着かないとか? いや、でも、副社長はそういう人じゃないと思う。大体、秘書をしていたのなら、時間に余裕を作って行動されるだろうし)
 
そう考える優子は頭の痛みも忘れて、無意識に敦志をジッと見つめてしまう。

「そうですか。それなら良かった。では、また」
 
敦志は口角を上げ、軽く会釈をすると、呆気なく去って行ってしまった。
皺ひとつないスーツの後ろ姿を見つめる優子は、自然と淋し気な顔になる。
 
昨日の出来事は仕事上のこととはいえ、敦志と近づけたことに関して、棚から牡丹餅だった。

(でも、そんなの勘違いだった)
 
昨夜、部屋まで送り届けてもらったことを、酔っていた優子は知らない。
それもあり、つい先程の敦志の態度から、やはり自分は単なるひとりの社員で、向こうは副社長であるのだと思い込んでしまった。
 
敦志の背中が遠ざかるほどに、その距離を感じ、胸を軋ませる。
幾多という社員が出入りするフロアで、優子は敦志の後ろ姿だけを見送った。
 
その社員の中を歩いていく敦志もまた、優子のことを無意識に考えていた。

(いつも通りの彼女だった。おそらく、終盤から帰宅した辺りは覚えてないんだ)
 
もしも、敦志に対しての発言や行動を覚えていたなら、もっと動揺した反応を示していたはず。
けれど、今しがたの優子を見れば、そうではなかったのだと明瞭だった。
 
エレベーターにひとり乗り込む敦志の頭には、昨日の優子が浮かんでいる。


『その名前で呼ばないで……!』
『ひとりでなんでもできるし……!』


温厚そうな優子が、突然、牙を剥くようにきつく言い放った。

(あれは、酒癖が悪いとか、そういうものじゃないと思う)
 
俯いた先に、新たに浮かぶのは、優子の涙。
 
見てはいけないものを見てしまったのかもしれない、と思いつつ、それがなんだか気になってしまう。
 
ポン、とエレベーターが目的階に到着したのを告げる音を上げると、ハッと我に返る。
顔を上げた敦志は、クイッとメガネを押し上げ、エレベーターを降りた。

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