ナイショの恋人は副社長!?

「Entschuldigen Sie bitte!（すみません）」
　
優子が顔に感情を出してしまったその時、割り込んできた声に全員が振り向く。
顔を上げた優子の目に飛び込んできたのは、昨日、優子を招致したヴォルフだ。
　
昨日とは違い、少しラフな格好をしているヴォルフを見て、優子は目を大きくさせる。
しかし、優子を囲む三人は、その比ではないほど驚倒していた。

「えっ……ちょっ、何語？　わ、わかんないし！」
「Ich habe mich verlaufen!（道に迷ってしまって）」
　
ひとりの女子社員が、真っ先に後退っては首を何度も横に振る。
すると、逆側に立つ女も、同じように必死な形相で小さく首を横に振った。

「え？　いや、む、無理無理！」
　
三人は、それぞれ誰かに助けを求めるように強張った目で訴え合う。
そこに、先程まで、優子を責め立てていた中心人物に向けて、ヴォルフが話し掛けていく。

「Wo ist das Badezimmer?（トイレはどこですか？）」
「か、彼女に聞いてください！　受付の子ですからっ」
　
ニッコリと笑うヴォルフに見下ろされた女は、顔を赤くする。
そして、慌てて優子を指さすと、ふたりを引き連れるように小走りで去って行った。
　
優子はバタバタといなくなった三人を唖然として見た後に、気の抜けた声を漏らす。

「シュ、シュナイダーさん……」
「ヴォルフでいいよ」
　
逆光を背に受けて立つヴォルフを見上げ、優子は目を白黒とさせた。
ヴォルフは、陽射しと同じくらいに眩しい笑顔を浮かべる。
　
突然の女子社員の襲来に緊張していた優子が、ヴォルフの笑みで力が抜けた。
けれど、彼は取引先の大切なお客様で、自分はただの受付嬢という立場の違いを思い出し、気を引き締め直す。

「……ヴォルフさん。どうしたんですか？」
　
受付に立っている時と同様の微笑みと、落ち着いた声色で尋ねると、ヴォルフは頭を軽く掻いて答えた。

「いや、なんか良くない雰囲気かなと思ったんだけど。違った？」
　
このタイミングで声を掛けてきたのは偶然だったんだろうと思っていた。
それが、助けてくれたのだとわかると、優子は驚きのあまり目を大きくさせる。
　
ヴォルフは驚き黙る優子の頭にポンと手を置き、優しく眉を下げる。

「言葉がわからなくても、見た感じでわかることもあるよ」

そう説明するドイツ語も、明らかにゆっくりと話してくれていることに、優子はヴォルフの優しさを再確認した。