ナイショの恋人は副社長!?
「それに……なにか、あったようですね。差し支えなければ、お話聞かせていただけませんか? 社内の出来事についても、私に責任はありますので」
 

調子が芳しくない時は、頼りたくもなるし、我儘にもなる。
優子は、ついそんな甘えから、敦志に仕事以上のものを求めてしまう。
 
いつも感情をコントロールしているけれど、今はそれが難しく、制御しなければという理性との狭間でおかしな反応をしてしまった。


「……副社長は、末端の社員である私なんか、気になさらなくても」
 

同じセリフでも、表情や言い方で相手への印象は大きく変わる。
しかし、今の優子の伝え方は、決して〝上手い〟とはいい難い。
 
まともな思考ではないせいで、言葉を発しながら、すぐに後悔する。
そのため、敦志を真っ直ぐと見られずに、視線を足元へと逸らしてしまう。
 
今や高熱で立っているのがやっとな優子は、表情に気を遣うこともままならず、やや強張った面持ちだ。
 
総合すると、まるで上司へ反抗でもしているかのような態度なのだから、普通ならば相手の印象は良くないはず。

朦朧とする意識の中でそれに気づいてはいるのだが、フォローする余裕など、全く持ち合わせてはいなかった。


「そんなわけにはいきません。それに、私はそんなふうに、あなたのことを見ては」
 

驚いた顔をしていた敦志は、大きくした目を優子に向け、小さく首を横に振る。
優子の言葉を否定しかけた、その時。
 
ついに優子の身体が傾き、ゆっくりと横に倒れていく。

優子は、完全に意識を手放していたわけではないが、どうにも怠くて身体が言うことをきかない。


「鬼崎さん!? 鬼崎さんっ」
 

バランスが取れない感覚は、夢の中にでもいるような変わった心地。
どこか他人事のように景色や音を感じながら、敦志の声が遠く聞こえる。
 
瞼を落とす直前に見た、敦志のメガネ越しに覗く瞳が、悲し気に揺れていた気がした。

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