ナイショの恋人は副社長!?
「やあ。元気だったかい? 毎日暑いねぇ」
「萩田様。お世話になっております」
 
敦志の姿を遮るように、四十代後半の中年男性が優子に声を掛けてきた。
ハッと視点を目前の萩田に合わせると、ニコッと口角を上げる。

「そんな堅苦しい挨拶、しなくていいよ。僕と鬼ちゃんの仲じゃない」
 
距離を置くように、丁寧な応対をする優子とは逆に、萩田は馴れ馴れしい口調でカウンターに肘を置く。
それでも、優子は表情を曇らせることもなく、なんら変わらず笑顔で接する。

その様子を間近で見ている今本の方が、よっぽど引き攣った笑顔になっていた。

「その笑った顔に癒されるんだよなぁ。鬼ちゃん、ウチのオフィスに来ない?」
 
その台詞もまた、恒例のものとなりつつある。
それでもやはり優子は、嫌な顔ひとつせずに、笑顔を浮かべていた。

「なんて、こんな大手に勤めてたら、そんな誘いにも乗るわけないか!」
 
優子がなにかを答える必要もなく、萩田はひとりで話に終止符を打つようにして豪快に笑う。
そして、「じゃあ、また」とずんぐりとした手を上げ、受付を去って行った。

「あああ。ダメ。私、やっぱダメだ、あのオジサン。鳥肌が……。ていうか、優子ちゃんは平気なの? いつも動じないから」
「うーん。平気……といえば平気かもしれません。そこまで、しつこい人じゃないですし」
「えー! でも、『鬼ちゃん』だよ? ないわぁ」
 
今本に苦笑で返し、さりげなくフロアの中心へと目を向ける。

(やっぱり、もういない)
 
つい数分前までそこにあった彼の姿が、跡形もなくなくなっている。
 
こんなところに長居などするわけがないと思ってはいたが、後ろ姿も見送ることが出来なかったことが少し悔しかったと肩を落とした。
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