ナイショの恋人は副社長!?
 
ヴォルフがなにやら優子に話し掛けている様を見た敦志は、ドリスの存在も忘れて受付へと足を向けた。

「Heute abend hast Du schon was vor ?(今夜、空いてる?)」
「え? えぇと……」
 
受付カウンターに片肘を乗せ、身を乗り出すヴォルフに、優子は笑顔のまま答えを考える。

ドイツ語のため、隣の今本は全く会話の内容はわからない。
それをわかっていて、ヴォルフは堂々と優子に誘い文句を続ける。

「Wollen wir Telefonnummer austauschen ?(番号聞いてもいい?)」

ヴォルフはドリスが言うように、やや強引に話を進めていく。
優子は笑顔を浮かべつつ、内心戸惑ってしまう。

「Hören Sie es bitte auf.(やめてください)」
 
そして、きっぱりとそう言ったのは、優子ではなく敦志だ。

鋭い目を向け、ふたりは無言で対峙する。

「優子さん。もし、断りづらいのなら私たちも一緒に――」
 
おそらく、取引先ということが優子を迷わせ、悩ませているのだと考えた敦志は、妥協案として口にした。
四人で食事に行くのならば、目の届くところに優子も置いておけて問題はないと判断したのだ。
 
すると、優子は少し考えた後に、敦志の思惑から外れた答えを出す。

「……いえ。大丈夫です。それに、副社長もお約束があるでしょうから」
 
そう言った優子は、いつの間にかすぐそこに立っていたドリスに目を向けた。
 
優子が拒否してしまうと、それ以上は為す術がない。
驚倒させられた敦志は開いた口が塞がらず、大きな目を優子に向ける他なかった。

優子はそんな敦志の視線を一身に受け、気まずい思いで俯く。
 
敦志が不意にヴォルフを見ると、ニッと勝ち誇った顔を見せられる。
ギリッと奥歯を噛む敦志だったが、社内ということもあり、私情を堪えるしかなかった。


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