複数人(ヤンデレ)に求愛されています
「厨房でごめんね。椅子とテーブルはあるからそこで食べてよ。食堂まで持っていくのは大変だから、このーーウェディングケーキ」
「ケーキの上級ランク登場!?」
私の背丈ほどあるウェディングケーキが、生クリームたっぷりの威圧感を持って厨房の真ん中に君臨していた。
「フィーナのことを考えると、ついついケーキを作ってしまって」
「ウェディングをですかっ、ウェディングだからですかっ」
「毎回捨てるのが大変だったよ」
「むしろこれを、どういった形で窓から投げ捨てるつもりだったのかを知りたいのですがっ」
予想の斜め上を行くコックさんの愛情表現だった。溢れんばかりの愛に比例して、ケーキもウェディングケーキに進化してしまったのだろう。
「あ、でも。確かあまりにも大きなウェディングケーキは、実のところ食べられるのは一部だけと聞いた気が」
「頑張った」
「……」
思わず、彼の頭を背伸びして撫でてしまう。10段重ねのウェディングケーキ、半日かけても出来るわけないのに。他の人のご飯を抜いてでも、これに没頭していたのか。本当に仕事をしないクラビスさんたちだ。
ともあれ、ウェディングケーキだからと言って食べたくないわけじゃない。生クリームだけでなく、見るからに新鮮な果物で綺麗にデコレーションされ、私とクラビスさんの二頭身人形(メレンゲドール)があちらこちらで自己主張しているケーキは見て楽しむだけではもったいない。
コックさんに促されるがまま、椅子に座る。どの部分の切るかと思えば、崩れないように上側を。切り取られたケーキには、ご丁寧にタキシードの彼とウェディングドレスの私人形が乗っていた。
「こってますねー」
「やり始めたら、止まらなくなった。因みに言うけど、それは“俺”だから」
頭から丸ごと食べてくれる?と冗談混じりに言われてしまった。
笑い返しながら、早速食べてみる。
「大変です」
「えっ。まずかった?」
「美味しすぎて、10段全てたべられそうなのですが」
吹き出された。ツボに入ったらしく、お腹を抱えながら、いいよいいよと言われる。
「どんどん食べて。君が食べる度に幸せな気分になる」
一皿完食すれば、次。また次。美味しいものの前に体重の心配はしていられない。ダイエットは明日から!
「フィーナ」
横でコックさんが口を開ける。
習慣から、ついケーキを食べさせてしまった。
「初めて、あーんしてもらえた。泣きそう」
「本当に、クラビスさんであっても違う人なのですね」
食べさせるぐらいで、涙目になる人にもう一口あげる。
クラビスさんにはよくやっていたこと。それを初めてだとコックさんは、飽きずに口を開けた。
一口目は、習慣。二口目は、慰め。三口目で、躊躇う。
コックさんとて分かっているのか、開いた口を塞ぐ。何かを話す私の口ごと。
「えっ、ま……!」
聞きたくないと言いたげに、コックさんの口付けは強引だった。言葉どころか、息すらもままならない。
逃げようとし、椅子からずり落ちた。
落下の衝撃は、コックさんの腕が緩和してくれる。
「偽物じゃ、そんなに嫌なのか?」
息を乱しながら、先とは違う意味の涙目が語る。
「同じだろう?」
「違うのは、あなたがよく分かっているじゃないですか」
床に転がってしまった人形を、クラビスさんの形をした物をあえて“俺”と言ってしまうほどに。