トイレには…


あの時、千尋は鏡の中にいる女の子を見て、悲鳴を上げた。怖かったのに、何故かさっき見た髪の毛の持ち主だ、と頭の隅で考えていた。


「おい、大丈夫か!?」


悲鳴を聞いて、中に入ってきた啓人に抱きついた。抱きつかれて一瞬焦った啓人を他所に、


「はやく出よう!」


と訴えた。千尋の悲鳴に驚いて、トイレから出てきた百合よりも先に二人は廊下に出た。


その日、百合が廊下に出てくるとすぐに、千尋は何があったのか聞いてくる二人に答えることもなく、迎えに来ていた母親とともに帰宅した。





「お前なあ、いい加減トイレに付き添わせるの止めてくれない?いくらなんでも、恥ずいんだけだど」


旅館の廊下にあるトイレの前の壁に凭れ掛かった啓人が、文句を言う。千尋が小学校のトイレで恐怖体験をしてから、8年が経っていた。


あれから、千尋は学校のトイレに決して一人では行かなくなった。それどころか、夜のトイレは怖いから、と言って啓人をこうしてトイレの前で待機させるようになった。


二人は今年で二十歳になる。啓人が文句を言うのも無理は無かった。
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