あの時手が伸ばせたなら。
今日の朝練は体力練だった。


吹部は文化部ではあるけど、まっすぐな音を出すために特に腹筋を鍛えることが大切だ。


じんわり汗をかいたので、タオルで拭きながら教室へ向かった。


机の中に教科書類をしまって、カバンをしまうと、もう着席の予鈴が鳴り始めた。


少ししてから担任が教室に入ってくる。


「おーい、もう予鈴なっただろー!さっさとすわれぇー」


あたしたちのクラス、2-3の担任は、20代後半で数学担当の、男の先生。


でもおじさんみたいな顔をしていて、生徒からは“おじみん”と言われている。


あたしは結構おじみんを気に入っていた。


「じゃーホームルームはじめるぞー。
まずは、まぁお前らには黙ってたんだが転校生が来ている!」


わぁ!と歓声が上がった。


あたしはそれに合わせて声を出すことはなかったけど。


「じゃあ」


そう言っておじみんは廊下からひとりの男の子を連れてきた。


雅人かな…?とか勝手に思っていたけど、はいってきた男の子は背が低い。


…………直紀だった。


はぁ。と無意識にため息をつく。


ん………?なんでため息?


………まいっか。


それより、自己紹介聞かなきゃ!


今まで滅多に話さなかった直紀が口を開いた。


「…隅田直紀です。訳あって隣の県から引っ越してきました。…よろしく」


さっきの歓声とは違ってまばらな拍手が聞こえてくる。


「なんだ、他に言うことはないのか?」


「えっ…」


先生に指摘されて、直紀は困った顔をしている。


「じゃあ、質問したいひといるかー?」


先生は勝手に提案した。


前から思ってたんだけど、うちのクラスかなり変わってるんだよね…


だいじょうぶかなぁ…


「はーいはいはいはーい!」


クラスのお調子者男子が手を挙げた。


「誕生日、おしえてー!」


直紀はおそらく、小さな声でまじかよと言った。


はやく注目を避けたいみたい。


「えっ、と…7月18日」


「じゃあ、血液型は!?」


「…O型」


「じゃあじゃあ、家族こーせー!」


「えっ………」


表情が一気に曇った。


いままでより明らかに動揺している。


「えっと……かーさんと、とーさんと、同い年の男と、小6の妹」


「おおっ!5人家族!?おれもおれも!」


そこに目をつけたのは質問者だけで、あとのひとは「双子かな?」とか喋っていた。


あたしは動揺してたのに返答がごく普通だったのに驚いた。


あ、でも同い年の男はあんまりないかも。


………たしか、雅人の苗字は斎藤だったような…


もしかして、2人はきょうだいじゃなくて別に双子の男がいるとか?


………意味わかんない。


頭にハテナマークがたくさん浮かぶ。


……雅人に、聞いてみようかな。


「はい、じゃあここまでー。あとは個人的に質問するんだな」


チャイムがなって、1時間目が始まった。
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