◆Woman blues◆
胸が震えた。

太一は私を、秋人という名の冷たく吹き付ける風から守ってくれたのだ。

これ以上惨めな思いをしなくていいように。

少し眼をあげると、驚いたように息を飲む秋人と眼が合った。

いいよね、これくらい。

婚約していた私を裏切った彼への、ささやかな復讐。

私は太一にギュッとしがみついて、その瞳を見上げた。

「うん、太一、私も早く二人きりになりたい。朝まで一緒にいて」

太一がクスリと笑いながら私を見つめた。

「可愛すぎる、夢輝。当たり前だろ?俺達はずっと一緒だよ」

エレベーターの扉がゆっくりと閉まった。

もういいのに、もう秋人からは見えないのに、私は太一から離れることが出来なかった。

太一の優しさと、秋人と破局した事実。

別れ話をした時、私は泣かなかった。

きっと秋人は私に泣いてすがられたくなかったから、あのバー、alexandriteを選んだのだ。

小さくブルースが流れる静かな店内と、秋人の低くて掠れた『ごめん』の言葉。

それからは忘れたくて、泣きたくなくて、ひたすら仕事に打ち込んだ。

でも、もう限界。

「ご、めん、太一。涙が止まんなくて」

太一が私の腰に両腕を回して一層引き寄せた。

「いいよ夢輝さん、大丈夫だから」

「だ、だけど、太一のシャツが、涙と鼻水と、お化粧で汚れて、」
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