◆Woman blues◆
すると太一は私にピタリと寄り添い、方眼紙を覗き込んだ。

「れいの、課長が言ってた件ですか?」

私はさりげなく太一と距離をあけながら頷いた。

「そう。今空いてるの私だけだからさ、課長が任せてくれたの。今日中に十パターンはおおよそのデザインを考えておきたいの。少しでも早く形にしたくて。でもまだイメージが掴めなくて、正直憂鬱」

私がそう言って溜め息をつくと、太一がニッコリ微笑んだ。

「定時も過ぎたことですし、気分が乗らないならまた来週でいいんじゃないですか?」

私は首を横に振った。

「それは『プロ』のすることじゃない」

太一が首をかしげたのが眼の端に映る。

「私はプロよ。アーティストならそれも許されるかも知れない。でもね、気分が乗らないからってやらないのはプロじゃない。プロはね、いつなん時でも『やると言ったらやる』のよ」

六十代以上の女性をターゲットとするこの商品は、きっと適度な高級感、素材の良さが肝になるはずだ。

それプラス欠かせないのは上品さ。

どんな場面でもシックリきて、『孫からのプレゼント』だと思わずお友達に自慢したくなるデザインを考えなきゃならない。

……もし、私が歳を取って孫からプレゼントされたら嬉しい指輪は……。

尚且つ、二十代女性が『祖母に贈りたい』と思うようなデザインじゃなきゃらならない。

左手でこねていた練り消しの感覚が無くなる頃、私の耳には何の音も届かなくなっていた。

脳裏に浮かぶ靄のような人影が、徐々に自分のターゲットへと変化していく。

私はゆっくりと眼を閉じて想像し始めた。
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