◆Woman blues◆
確か太一は友人と飲み会だって言って先に退社したよね?

……なのにどうしてスーツなんて着て、オフィスにいるの?

それに今のこの、課長の態度はなに?

どう考えたって課長が上司のはずなのに、深々と平社員の太一に頭を下げるなんて。

ちょっと待って。

太一だって変だ。

『僕が社長に就任したら、直ぐに案を出したいと思っています』

意味が分からない。

頭が混乱して、私は大きく息を吸った。

途端に課長がこちらを向き、ギクリと眼を見張る。

その表情につられたように、太一がフッと私を見た。

小さく息を飲んだ太一が、私を無言のまま見つめる。

私は咄嗟に課長を見て微笑んだ。

「課長、お疲れ様です。先ほどまで工場長と、改善を伴う図面起こしを少しやってきました」

課長は私を見てぎこちなく笑った。

「そうか、ご苦労だったな」

「はい。スマホ忘れちゃって。お先に失礼します。鮎川くんもお疲れ様」

出来るだけ平静を装い、私は重なりあった書類の中からスマホを探り当てると、課長に頭を下げてオフィスを後にした。

早足でエレベーターホールに向かううちに、次第に心拍が上がるのが分かった。

何故か早く乗り込みたくて、私はボタンを連打すると漸く開いたエレベーターへと飛び込んだ。
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