◆Woman blues◆
それにヘッドハンティングされたという割にはどこの会社にいたのかハッキリ言わなかったし、課長は太一担当の仕事も割り当てなかった。

株式会社ブライダルヴィーナスのティアラだって、私以外のデザイン一課の皆の共同製作だ。

太一ひとりのものじゃない。

それに、いつも課長と社内をうろついていたのも、デザイン一課の一員としては不自然だったのに。

なぜ私は疑わなかったのだろう。

いや、何故かなんて自分が一番分かっている。

太一が……素敵だったからだ。

物腰も柔らかくて見目麗しく、初対面の鼻血事件の時から私に凄く優しくて、私は太一に何の疑いも持っていなかった。

「……夢輝さん」

「太一、次期社長なの?どういう事?」

太一は固い表情のまま頷いた。

「どうして黙ってたの?」

「僕は……今の社長の甥なんです」

太一はポツリポツリと話し出した。

独身で子供のいない今の社長、塩見涼子社長に、いつかこの会社を譲ると言われていた事。

その為にアメリカの某有名大学を卒業し、帝王学や経営学を学び帰国した事。

株式会社A&Eの社長就任までの間に一社員として社内をまわり、肌で社内の状況を掴んでおきたかった事。

話し終えた太一は不安そうに私を見つめて、唇を引き結んだ。

「……そうだったんだ」
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