ドルチェ~悪戯な音色に魅せられて~
ここ数日、私の部屋に住み着いている隼人さん。
夕方も六時には帰って来るし、看護師しかしていないみたい。
「ピアノ弾きに行かなくていいんですか?」
と聞いても、曖昧な返事しか返ってこなくて、わざと避けているような、探られたくないような雰囲気。
時々指先を眺めては、遠くを見つめるように考え込んでいて、私も踏み込んでいいのかわからなかった。
「じゃ、隼人さんいってらっしゃい」
「おー。今日は唐揚げな」
毎朝アパートの前で手を振りながら、夕飯のリクエストを受けるのがお決まり。
「……今日も来れるんですか?」
「嬉しいだろ?」
「はいっ、じゃなくて、ゴホン。バーのピア……」
「俺、お前いないとダメかも」
「えっ!」
「ククッ、じゃね」
隼人さんは真っ赤になる私の額に、さりげなく唇を寄せて、そのまま行ってしまった。
嬉しい。
嬉しいけど、なんか寂しい。
「欲張りなのかな」
パソコンの画面を見つめながらポツリと呟く。
「はぁ?なによ新婚サン、私に対する嫌味かしら?」
「なにやさぐれてんの恵理……」
「毎日昂くんに連絡してるのに繋がらないのぉ!」
「バーに行ってみたら?」
「一緒に来てくれる?」
「今日はちょっと……、隼人さん早いし」
「……へっ、幸せそうですこと!」
「うん。でも……」
「うんって言ったな!このぉ!隼人サンに昂くんのこと聞いといてよ」
「……はいはい」
隼人さんが何を悩んでいるのか、もっと知りたい。
頼ってほしい、なんて贅沢なのかな。
「ねぇ、恵理?」
「んー?」
「悩みを打ち明けられないのは、私が信用ないからかな」
「は?」
「頼りないって思ってるのかも」
「……花音と隼人サンって、ちょっと似てるところあるよね」
「そうかな?」
恵理はクスリと笑って頬杖を着いた。
「花音なら、どう?」
「私……」
私は、弱いところをさらけ出したり、頼って失うのが怖くて、素直になれない。
まさか、あの強気で意地悪な隼人さんも、怖いと思ったりするのかな。
遠くを見つめる隼人さんの横顔がぼんやりと浮かんで、胸を締めつけた。
「唐揚げにはマヨネーズだよなー」
「太りますよ」
美味しそうにパクパクと食べる隼人さんを前に、私は唐揚げをつつきながら悩んでいた。
恵理の言ったように、本当に私達が似ているのなら、聞いても意地を張って話にならないのは自分が一番わかっていたから。
「……隼人さん、ピアノ弾かないんですか?」
「あー、他に頼んでんだろ。弾ける人間なんていくらでもいるから」
「仕事の話じゃないですよ。隼人さんが、弾かないのかなって」
「……え」
「私が思うに最近なんとなく元気ないですよ?来てくれるのは嬉しいけど、うちピアノなんてないし、物足りないんじゃないですか?」
「……お前がいれば満足」
「えっ!?そんなこと……」
「嬉しいくせに」
「べ、別に嬉しくなんかないです!」
「ククッ、んなあからさまに顔反らしてたら嘘ってバレバレ」
私が横を向くとすかさず頬を包み込む大きな掌。
ドキッとして無理矢理のキスを受け入れると、いつものように彼のペースに呑まれてしまう。
ーーーこれじゃ、ダメだ。
「もうっ!せめて教えてくださいよ。何かあったんですか?」
「……何が?」
「ピアノです!バーで弾いてる隼人さん、楽しそうっていうか凄く大切に弾いてる感じがしたから」
「……」
「お父さんに言われたからですか?気づくとボーッと考え込んでて、本当はピアノ弾きたいんでしょ?」
「ピアノピアノうるさいな」
「え?」
「お前に何がわかるんだよっ!」
「……っ」
突然声を張った隼人さんにビクリとする。
しかし一番驚いたのは本人だったようで、ハッと息を呑んで小さく呟いた。
「ーーーわり」
隼人さんは俯いたまま、目も合わせずに出て行ってしまった。
夕方も六時には帰って来るし、看護師しかしていないみたい。
「ピアノ弾きに行かなくていいんですか?」
と聞いても、曖昧な返事しか返ってこなくて、わざと避けているような、探られたくないような雰囲気。
時々指先を眺めては、遠くを見つめるように考え込んでいて、私も踏み込んでいいのかわからなかった。
「じゃ、隼人さんいってらっしゃい」
「おー。今日は唐揚げな」
毎朝アパートの前で手を振りながら、夕飯のリクエストを受けるのがお決まり。
「……今日も来れるんですか?」
「嬉しいだろ?」
「はいっ、じゃなくて、ゴホン。バーのピア……」
「俺、お前いないとダメかも」
「えっ!」
「ククッ、じゃね」
隼人さんは真っ赤になる私の額に、さりげなく唇を寄せて、そのまま行ってしまった。
嬉しい。
嬉しいけど、なんか寂しい。
「欲張りなのかな」
パソコンの画面を見つめながらポツリと呟く。
「はぁ?なによ新婚サン、私に対する嫌味かしら?」
「なにやさぐれてんの恵理……」
「毎日昂くんに連絡してるのに繋がらないのぉ!」
「バーに行ってみたら?」
「一緒に来てくれる?」
「今日はちょっと……、隼人さん早いし」
「……へっ、幸せそうですこと!」
「うん。でも……」
「うんって言ったな!このぉ!隼人サンに昂くんのこと聞いといてよ」
「……はいはい」
隼人さんが何を悩んでいるのか、もっと知りたい。
頼ってほしい、なんて贅沢なのかな。
「ねぇ、恵理?」
「んー?」
「悩みを打ち明けられないのは、私が信用ないからかな」
「は?」
「頼りないって思ってるのかも」
「……花音と隼人サンって、ちょっと似てるところあるよね」
「そうかな?」
恵理はクスリと笑って頬杖を着いた。
「花音なら、どう?」
「私……」
私は、弱いところをさらけ出したり、頼って失うのが怖くて、素直になれない。
まさか、あの強気で意地悪な隼人さんも、怖いと思ったりするのかな。
遠くを見つめる隼人さんの横顔がぼんやりと浮かんで、胸を締めつけた。
「唐揚げにはマヨネーズだよなー」
「太りますよ」
美味しそうにパクパクと食べる隼人さんを前に、私は唐揚げをつつきながら悩んでいた。
恵理の言ったように、本当に私達が似ているのなら、聞いても意地を張って話にならないのは自分が一番わかっていたから。
「……隼人さん、ピアノ弾かないんですか?」
「あー、他に頼んでんだろ。弾ける人間なんていくらでもいるから」
「仕事の話じゃないですよ。隼人さんが、弾かないのかなって」
「……え」
「私が思うに最近なんとなく元気ないですよ?来てくれるのは嬉しいけど、うちピアノなんてないし、物足りないんじゃないですか?」
「……お前がいれば満足」
「えっ!?そんなこと……」
「嬉しいくせに」
「べ、別に嬉しくなんかないです!」
「ククッ、んなあからさまに顔反らしてたら嘘ってバレバレ」
私が横を向くとすかさず頬を包み込む大きな掌。
ドキッとして無理矢理のキスを受け入れると、いつものように彼のペースに呑まれてしまう。
ーーーこれじゃ、ダメだ。
「もうっ!せめて教えてくださいよ。何かあったんですか?」
「……何が?」
「ピアノです!バーで弾いてる隼人さん、楽しそうっていうか凄く大切に弾いてる感じがしたから」
「……」
「お父さんに言われたからですか?気づくとボーッと考え込んでて、本当はピアノ弾きたいんでしょ?」
「ピアノピアノうるさいな」
「え?」
「お前に何がわかるんだよっ!」
「……っ」
突然声を張った隼人さんにビクリとする。
しかし一番驚いたのは本人だったようで、ハッと息を呑んで小さく呟いた。
「ーーーわり」
隼人さんは俯いたまま、目も合わせずに出て行ってしまった。