ドルチェ~悪戯な音色に魅せられて~
ホテルのどこに行けば会えるのかなんてわからないから、手当たり次第を覚悟でまずは行き馴れたバーへ向かった。
「昂くん、いるかな?」
「あれ、誰か話してるみたい」
昼間には誰もいるはずのない店内から話し声が聞こえてくる。
私達は扉にへばりついて耳を澄ませた。
隼人さん……?
「仕事はします。でも、それでは昂が……」
「変更はしない。月曜に話した通りだ」
月曜日って隼人さんが遅かった日……。
なんとなく元気がないと思ったのは気のせいじゃなかった?
お父さんと、言い争っているみたい。
「二人とも任されたホテルできちんとした数字を示せ。昂はNYホテルでもバーへの出入りはするなよ!現地に監視をつけておくからな」
「そこまでしなくても昂はやりますよ。仕事に支障のない程度なら構わないじゃないですか!」
「遊ぶ暇などない。以上だ」
「待てよ!俺はともかく、せめて隼人がここでピアノを弾くくらいはいいだろ!」
NYホテル?現地って……。
思わず恵理と顔を見合わせて息を呑んだ。
昂さん、海外に行っちゃうってこと?
だから、恵理に……。
「いつまでも酒や楽器なんかで遊んでいるから中途半端に挫折するんだ。そのまま敗者になるつもりか!」
ーーーなにそれ。
好きなこと全てを取り上げるなんて、努力を卑しめるなんて、酷いよ。
私と恵理は無言で頷き、バーの扉をバンッと叩き開けた。
私は悔しくて切なくて、涙をこらえて叫んだ。
「じゃああなたは、お金持ちが勝者ですか?挫折した人は敗者なんですか!?」
「なっ、なんだ君達は!」
「夢を叶えるために、どれだけ苦しんで努力したか。どれだけ、大切なことを手離したか……。それでも足掻くことのできる人を、私は敗者とは呼びません!」
「花音……」
そんな言葉で表せるほど、簡単なことをしていたわけじゃない。
恵理も片足をダンと踏み出し声を張った。
「なにが高級よっ!どこが有名ホテルよっ!夢も希望も持たない人がトップだなんて、そんなホテル泊まりたいと思わない」
「っ出て行け!格が下がる」
「OLなめんじゃないわよっ!格が下がってんのはあんたでしょ!一度でも息子の酒飲んだことあるの!?」
「恵理ちゃん……」
私と恵理が乱入して言うだけ言って静まり返った店内で、突然昂さんが笑いだした。
「プッ、あははっ!どうしよう俺、恵理ちゃん好きー!!」
「えっ、昂くんっ!?」
「俺がいない間、浮気しないでねー!」
「……っ」
昂さんからの突然の告白と抱擁に、恵理は頬を真っ赤にさせて固まっていた。
お父さんは私達を一瞥すると、何も言わずに出て行ってしまう。
私は何を言うべきかもわからずに、ただ追いかけた。
「あのっ!」
「昂の作る酒を飲んだことも、隼人くんのピアノを聴いたことも、なかったな」
「あ…… 、中途半端じゃないってわかると思うので、だから……」
振り向いたお父さんは、一瞬だけ昂さんのように微笑んだ。
そして表情を消し私の後ろを厳しく見据える。
「だが、会社は別だ。それでも諦められないのなら、全てを掴む覚悟でやりなさい」
え?
「……もちろんです」
「昂にも伝えておくように」
隼人さん!
私が驚いているうちに、隼人さんはつかつかと近づいて来てニヤリと口角と眉をつり上げた。
雰囲気だけでもわかる、眼鏡の奥の悪戯な目つき。
……あ、なんか。
「逃げるな」
「凄く悪い顔してるから……」
「意地悪してもいいんだろ?」
「……えっと」
後ずさる私の肩を強引に抱き寄せると、そのままホテルを出てタクシーを拾う。
「どこ行くん……」
「帰る」
「えっ!?」
「眠い」
「そういえば、徹夜だった」
「お前も寝不足だろ。一緒に寝ようか?」
「っ!眠く、ないです!」
「へぇ?」
耳元でくすぐる彼の声色は甘ったるくて、ある意味眠気などぶっ飛んでしまう。
改めて訪れた隼人さんの自宅は、昨夜とは違い光に包まれていた。
導かれるように地下への階段を下りると、部屋の真ん中で黒い天使が待っていた。
彼は私を背中から抱き締めたまま、ポロンと鍵盤を叩き始める。
「あ。また違う、弾き方……?」
「よくわかるな?ピアノは背中で弾くっていうか、力の入れる場所で音色が変わるから……」
「私、……やっぱり惚れてたんだ」
「え?」
「隼人さんの音。……気持ちいい」
「誘ってんの?」
「……」
「花音?」
「……やっぱり、ねむ、い……」
「起きたら覚えてろよ」
優しい音楽と彼に抱かれて、うとうとと眠りの縁をさ迷っていると、彼の柔らかなぬくもりが降ってくる。
熱い吐息を吐き出してふわりと浮いた体は、やがて夢うつつの中で戯れた。
踊る指先、少しとめて。
眠りにつくまで、かまってね。
「昂くん、いるかな?」
「あれ、誰か話してるみたい」
昼間には誰もいるはずのない店内から話し声が聞こえてくる。
私達は扉にへばりついて耳を澄ませた。
隼人さん……?
「仕事はします。でも、それでは昂が……」
「変更はしない。月曜に話した通りだ」
月曜日って隼人さんが遅かった日……。
なんとなく元気がないと思ったのは気のせいじゃなかった?
お父さんと、言い争っているみたい。
「二人とも任されたホテルできちんとした数字を示せ。昂はNYホテルでもバーへの出入りはするなよ!現地に監視をつけておくからな」
「そこまでしなくても昂はやりますよ。仕事に支障のない程度なら構わないじゃないですか!」
「遊ぶ暇などない。以上だ」
「待てよ!俺はともかく、せめて隼人がここでピアノを弾くくらいはいいだろ!」
NYホテル?現地って……。
思わず恵理と顔を見合わせて息を呑んだ。
昂さん、海外に行っちゃうってこと?
だから、恵理に……。
「いつまでも酒や楽器なんかで遊んでいるから中途半端に挫折するんだ。そのまま敗者になるつもりか!」
ーーーなにそれ。
好きなこと全てを取り上げるなんて、努力を卑しめるなんて、酷いよ。
私と恵理は無言で頷き、バーの扉をバンッと叩き開けた。
私は悔しくて切なくて、涙をこらえて叫んだ。
「じゃああなたは、お金持ちが勝者ですか?挫折した人は敗者なんですか!?」
「なっ、なんだ君達は!」
「夢を叶えるために、どれだけ苦しんで努力したか。どれだけ、大切なことを手離したか……。それでも足掻くことのできる人を、私は敗者とは呼びません!」
「花音……」
そんな言葉で表せるほど、簡単なことをしていたわけじゃない。
恵理も片足をダンと踏み出し声を張った。
「なにが高級よっ!どこが有名ホテルよっ!夢も希望も持たない人がトップだなんて、そんなホテル泊まりたいと思わない」
「っ出て行け!格が下がる」
「OLなめんじゃないわよっ!格が下がってんのはあんたでしょ!一度でも息子の酒飲んだことあるの!?」
「恵理ちゃん……」
私と恵理が乱入して言うだけ言って静まり返った店内で、突然昂さんが笑いだした。
「プッ、あははっ!どうしよう俺、恵理ちゃん好きー!!」
「えっ、昂くんっ!?」
「俺がいない間、浮気しないでねー!」
「……っ」
昂さんからの突然の告白と抱擁に、恵理は頬を真っ赤にさせて固まっていた。
お父さんは私達を一瞥すると、何も言わずに出て行ってしまう。
私は何を言うべきかもわからずに、ただ追いかけた。
「あのっ!」
「昂の作る酒を飲んだことも、隼人くんのピアノを聴いたことも、なかったな」
「あ…… 、中途半端じゃないってわかると思うので、だから……」
振り向いたお父さんは、一瞬だけ昂さんのように微笑んだ。
そして表情を消し私の後ろを厳しく見据える。
「だが、会社は別だ。それでも諦められないのなら、全てを掴む覚悟でやりなさい」
え?
「……もちろんです」
「昂にも伝えておくように」
隼人さん!
私が驚いているうちに、隼人さんはつかつかと近づいて来てニヤリと口角と眉をつり上げた。
雰囲気だけでもわかる、眼鏡の奥の悪戯な目つき。
……あ、なんか。
「逃げるな」
「凄く悪い顔してるから……」
「意地悪してもいいんだろ?」
「……えっと」
後ずさる私の肩を強引に抱き寄せると、そのままホテルを出てタクシーを拾う。
「どこ行くん……」
「帰る」
「えっ!?」
「眠い」
「そういえば、徹夜だった」
「お前も寝不足だろ。一緒に寝ようか?」
「っ!眠く、ないです!」
「へぇ?」
耳元でくすぐる彼の声色は甘ったるくて、ある意味眠気などぶっ飛んでしまう。
改めて訪れた隼人さんの自宅は、昨夜とは違い光に包まれていた。
導かれるように地下への階段を下りると、部屋の真ん中で黒い天使が待っていた。
彼は私を背中から抱き締めたまま、ポロンと鍵盤を叩き始める。
「あ。また違う、弾き方……?」
「よくわかるな?ピアノは背中で弾くっていうか、力の入れる場所で音色が変わるから……」
「私、……やっぱり惚れてたんだ」
「え?」
「隼人さんの音。……気持ちいい」
「誘ってんの?」
「……」
「花音?」
「……やっぱり、ねむ、い……」
「起きたら覚えてろよ」
優しい音楽と彼に抱かれて、うとうとと眠りの縁をさ迷っていると、彼の柔らかなぬくもりが降ってくる。
熱い吐息を吐き出してふわりと浮いた体は、やがて夢うつつの中で戯れた。
踊る指先、少しとめて。
眠りにつくまで、かまってね。