ドルチェ~悪戯な音色に魅せられて~
月曜日、出勤すると異様にテンションの高い恵理がデスクでマスカラを塗っていた。

「おっはよー!素敵な夜は過ごせたぁ?」
「朝からやめてください……」

私達の仕事は小さな商事会社の事務。
書類を作ったり発注をしたりで、一日中パソコンと睨めっこ。
部長は他の部所と掛け持ちなので、普段は私達二人だけ。
だから、無駄話に無駄な作業は絶えない。
キーボードを打ちながら、鍵盤を叩く指と重ねて溜め息を吐いた。

「ねー、週末また行こうよ」
「一人で行ってちょーだい」
「隼人サンとどーなったの?」
「どーにもなってません」

水出されただけです。
頭冷やして帰れってことでしょ。

「えーっ!?せっかく二人きりにしてあげたのに」
「……」
「酔ったフリして襲いかかるくらいしないと!」
「そういうの、誰かさんみたいに可愛くできないの」
「もーっ!」
「大体どうにかなりたいわけじゃないし。あの人だって別に……」
「昂くん、また二人できてねって言ってたよ?」
「ヤダ。恵理は素敵な夜だったんだね?」
「うん。……多分昂くんは、誰でもいいのよ」
「え?それって遊ばれてるんじゃ……」
「いいの!本気にさせてみせる」
「恵理……」

真っ直ぐで羨ましいな。
恋愛となるといつも全力投球で、意地っ張りの私とは正反対。
本気で恋してる恵理は、やっぱり可愛い。

「ところで、隼人サンはそんなことないみたいだけど?」
「えっ」
「お客さんとも話したりしないみたいだし~?」
「どーでもいいよ」

……信じられん。
まずあの人、絶対性格悪い。
あの含み笑い?人をバカにしたような態度?
眼鏡の奥の目つき、すんごい悪かった気がする。

「広瀬隼人、29歳。彼女ナシ。夜はバーのピアニスト、昼は…………エヘ」
「は?昼は、何よ」
「気になる?どうでもいいんでしょ?」
「もうっ、どうでもいいです!!」

……昼は、何してるんだろ?

はっ、これ以上興味持ったらダメだ。
恋も振られるのもしばらくはお休み。
私は勢いよく首を振って、キーボードを叩く指に力を入れた。





「いーやーだー」
「私の付き添いだと思って……!」
「むーりー」
「居酒屋よりお洒落なバーのほうがぁっ!」

案の定、週末の仕事終わりに泣きついてきた恵理。
でもあんな高そうな所へ飲みに行っていたら破綻しちゃう。
この前はお会計が全部昂さんになっていたけれど、さすがに今回はそうもいかないでしょ。
地味な事務職の地味なお給料で、私は身の丈に合った生活ができればいいんだからっ!

「お願いっ!一人じゃいられない」
「昂さんがいるんでしょ?」
「そうじゃないの……。私一人じゃないから……」
「えぇ?」

しゅんとする恵理を不思議に思い理由を聞くと、昂さんにはイッパイ彼女がいるんだとか。
その彼女達、威圧感が半端じゃないらしくとても一人では掻き分けられないんだとか。

「そんな男やめといたら……?」
「無理」
「……あっそ」

結局は放っておけずに来てしまう私。
ホテルのエレベーターで、いつもより濃いメイクとキラキラのドレスの恵理に溜め息を吐いた。
私、普通のワンピースなんだけど……。

「ほら花音、せっかくの可愛いロリ顔がブサイクになってるよ?」
「なっ!?」
「笑って笑って?」
「もう、……私見守ってるから頑張ってね」

「いざ、出陣!」

恵理は鼻息荒く扉を開けた。
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