ドルチェ~悪戯な音色に魅せられて~
ビトウィーン・ザ・シーツ
抱えられたまま、医務室の前まで来ると急に扉が開いた。
出て行こうとしていたのは、白衣を着ているから多分夜勤の看護師さん。

「あれ?広瀬さん」
「お疲れ様」

…………お疲れ様?

「すみません、今ちょっと他のお客様から呼ばれて……」
「あーいいよ。俺やっとく」
「よろしくお願いします」

……何?

「?」
「俺、昼間はここの看護師もしてるから」
「エッ」
「なにその疑いの目は」
「……」

『昼は…………エヘ』って。
恵理が勿体ぶったのはこのことか。
……かなり、意外。

私が訝しげに見ているにも関わらず、彼はさっさと氷を袋に入れる。
それを身構える隙もなく頬に当てた。

「ひゃ!」
「冷たいぞ」
「もっと早く言って……」
「打ちどころが……。腫れないといいな」

隼人さんは躊躇いもなく私の髪を掻き上げたり、色んなところを触る。
そりゃ看護師なら当然なんだろうけれど……。
氷の冷たさと頬の火照りに、目を瞑り眉を寄せた。

「ほれ次、足」

彼は膝を着いて、私のパンプスを優しく脱がせる。
嫌味っぽいけれどかなりイケメンな男の人に、こんなことされたら物凄く恥ずかしいんですけどっ!
頭が沸々としてきて目眩もする。
足首を握られると、ズキッと痛みが走った。

「いっ!」
「痛い?」
「…………平気です」
「……え?」
「ほっ、本当に平気です!」
「ふーん」

できればこれ以上触らないで欲しい。
痛いし恥ずかしいし。
それでも彼は、今度は静かに捻っていく。

「いっ!!ったくないです」
「ぷっ」
「だからもう大丈夫なので……」
「へー?」

また捻られると、さすがに胸の奥から熱いものが込み上げてきた。

「うぅ、ふぇ」
「ククッ、悪い泣くな」
「泣いてないですっ!」

隼人さんはなぜかクスクスと笑いながら、慣れた手つきでテーピングで固定する。
そしてそっと氷をのせた。

「とりあえず二、三日は安静にしとけ」
「……ありがとうございます」
「女って怖いよなー」
「ハハ……」
「お前もよくあそこで飛び出たよな」
「恵理が危ないと思って。それしか考えてなかったから」
「昂の女好きも困ったもんだな」

苦笑いしながら片付けをする、隼人さんって、無口な人かと思ってた。
一体どれが本当の彼なのか。

「……うーん」
「何?」
「意外に喋るんですね」
「は?……あー、女って無駄に話すと勘違いするだろ」
「あっそう……、なるほど」

本当は昂さんみたいに遊んでるんじゃないの?
そう思うとなんだか面白くなくて、口を尖らせながら嫌味を言ってしまった。

「ピアニストと看護師なんて凄いですね。モテモテですね」
「……中途半端なだけだよ」
「え?」

私が抱いていた印象は意地悪っぽくて偉そうな人なのに。
この時の彼は、自分をあんまりにも蔑んでいるように見えて、自信がないようにも見えて、切なかった。
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