ただ好きと言われただけで
次の日二日目の研修で一通りの仕事をやらされた。何度かミスをした。パートのおばさんに少しネチっこく文句を言われてしまった。元来我慢強さだけは自信があるから、反省してる感じで文句や小言を聞いていた。みいちゃんは今日は出勤していないみたい。自分より年下で十代の女の子でも、自分に懐いてくれてる存在はありがたい。それがいないとちょっと寂しかった、まだ二日目だけどね。休憩時間にバックヤードでお水を飲んでいると、扉が開いて店長が入ってきた。

「お疲れ様です」

「お疲れ様。疲れてないですか?」

にこにこしながら隣に座る店長を見て思う。弥生さんは特別かっこいいとかスタイルがいいとか、そんなんではない。髪はふさふさだし口臭とかもこの年齢の割に気にならないけど、それにしたって普通のアラフォーのおじさんだと思う。

…ただ話してると安心する。

吊り橋効果かな、慣れない仕事に就いて不安で一杯の状態だから、優しい店長といると少しドキドキするのかな。目が丸くてぱちっとしてる。優しい二重瞼。穏やかで怒鳴ったりとかそういうの想像出来ない。

「山科さん?」

「あっ……すいません。ぼーっとして。…店長はどうしてすぐ採用してくれたんですか」

「え?」

「一週間以内に採用だったら電話とか、そんな感じだと思ってました。このお店はすぐ決めるようにしてるんですか?」

私が首を傾げて言うと、店長は笑った顔のまま少し落ち着きなさそうに顔を逸らした。ううん、何その反応。何かこのスーパーの系列店特有の決まりでもあるんだろうか。

「……普通はそうするんですけどねー、なんか、真面目そうだったしそれに」

「はい」

「……接客に向いてそうな顔されてたからですかね」

「………かお?」

接客に向いてそうな顔ってどんなんなんだろう。私はすごく怪訝な顔をしたんだと思う。店長が困ったように視線を泳がし始めた。だから、何その反応は。

「人好きするというか、…同じ事されても同じような接客でも可愛い人にされると嬉しいものですよ」

照れ臭そうな言い方をして言うから私の方が照れてしまった。そんなところが採用基準になってたなんて夢にも思わなかった。

「可愛い…ですか?」

そう聞いてしまった後にはっとする。何面と向かって恥ずかしい事聞いてるんだろう。可愛い?なんて夫にもここ最近聞いたりしてない。急に恥ずかしくなって言葉を訂正しようとあわあわと口を動かしてると、店長が今度は真面目な顔して言った。

「可愛いですよ。…言われない?」

「……!いわれ、ないです!」

「ははは。そうですか」

何で笑うの。何でそんな顔するの。落ち着かなくなるじゃない。…ドキッとしたじゃない。残りのお水を飲み干して私は失礼しますとだけ言って慌ててバックヤードを出た。

ああたかだか可愛いなんて言われたぐらいなのに、まだ心臓がドキドキしてる。どうしてなの?
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