気まぐれイケメン上司に振り回されてます!
だから気持ちを伝えたところで、わたしが玉砕することは目に見えている。
そうわかっていて勝負をしにいく勇気は、わたしにはない。

余計なことを言うより、今のこの距離感がいいと思うのだ。

仕事では、一番近い存在。
『春ちゃん』と呼ぶ声を思い出して、胸がきゅっとなった。

「わたしは、やっぱり好きなら好きって言ったほうがいいと思うけどね。吉葉さん、そんなに顔立ちがいいならモテるだろうし。恋人いるの?」

「いないと思うけど……」

「あっ、わからないわよ? 実はもういたりして!」

こちらの気持ちを揺さぶるようにわざとらしい笑みを浮かべながらそう言った沙穂子から、わたしは視線を逸らす。

景さんに恋人がいたら……間違いなく、落ち込むだろう。
仕事をしないで早く帰ったりするのは、もしかして恋人と会うため?

考えていると、沙穂子に「顔が険しいよ?」と指摘されてしまい、慌てて頭の中に浮かんでいるものを消し去る。

だけどわたしの心の中にはそわそわしたものが残っていた。



週が明けると、景さんが珍しく連日仕事に集中してくれたので、わたしはがみがみと言うことなく彼の仕事を手伝っていた。

ときどき、変な冗談を言ってくるけれど、それはいつものことだからしょうがない。

現状、穏やかに仕事が進んでいても、週末になったらまたわたしの『仕事してください!』っていう声があの作業ルームに響き渡る気がする。
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