気まぐれイケメン上司に振り回されてます!
景さんはそう言ってにこりとした。
わたしは、あまりの動揺に言葉が出ないまま。

ここで騒いでタクシーの運転手を困らせるわけにはいかない。
とりあえずお洒落な外壁の中層マンションの前で停まったタクシーを降りてから、この状況をどうしようかと景さんに声をかけた。

「あの、景さんわたし……」

「今週末、クライアントにプレゼンするだろ? その件でちょっと、春ちゃんに頼みたい作業があるんだけど、部屋にあるんだよ」

「……あ、はい」

景さんはさっさと歩き出し、マンションの中へ入っていく。

変に意識するのはやめよう。
景さんの部屋に上がるのは、仕事だ、仕事。

わたしはそう言い聞かせて、景さんの後についていった。

七階の一番端、2LDKの部屋のようだ。
リビングには黒いカーペット、四角いガラステーブル、大きめのソファ。
要最低限の家具の置かれただけの空間は、余計に広く感じる。

手前の部屋が作業場らしく、景さんがそこに入っていった。ちらっと覗いたら大きな画面のパソコンとその他に液晶がいくつかあって、仕事のできる環境が整っているようだった。

景さんはいつも仕事に関して適当な雰囲気を出して早めに帰っていくけれど、ここでしっかり進めているのかもしれない。

本当に自由な人だけど……思っているよりちゃんとしていたりするんだよね。

「いいよ、入っても」

覗いているのが景さんに気づかれて、わたしは遠慮がちにそっと部屋の中へ入った。
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