気まぐれイケメン上司に振り回されてます!
ふたりが歩き出したのを、わたしはじっと見ていた。

心の中で騒いでいた想いが、いっきに乾いていく。
景さんと峯川さんが話をしながらタクシーに乗り込もうとしているのに気づき、わたしはそれを見ないように体をビルの方へ向けた。

なんか……馬鹿だね、わたし。
キスされてドキドキして、忘れていた。景さんは、峯川さんのことを好きなのかもしれないっていうことを。

なにショックを受けてるの?
キスだって、ノリに決まっているじゃない。景さんがわたしなんかに、本気でキスするわけがないでしょう。

ひどい冗談だ。ひどいキスだよ、最低だ。

もう……馬鹿……なんでだろう。嫌だ、最低と思って怒りたいのに、好きって気持ちが震えて泣きたい――。

「――朝本?」

呼ばれた声に、ビクッと肩が揺れた。
顔をわずかに上げると、ビルの出入口から賀上さんがわたしに向かって歩いてくる。

「おい、どうした?」

目の前にやってきた賀上さんに顔を見られないように、わたしはうつむく。

「な、なんでもありません」

泣きそうな顔をこんなに近くで見られたくない。
そう思って、わたしは逃げるように歩道へ出ようとしたときだった。

「なんでもないわけがないだろう。泣きそうな顔をして」

泣きそうな顔って、どうして気づくの――。

腕を掴んで、賀上さんはわたしを自分の方へ引き寄せた。
< 79 / 107 >

この作品をシェア

pagetop