密星-mitsuboshi-
早紀は部屋の中をぐるっと見回して忘れ物がないか確認してからホテルの部屋を出た

入り口の扉の前で待っていた渡瀬は早紀の顔を見るなり
笑顔で手のひらを差し出した

早紀は少しはにかみながら、その手のひらの上の自分の手を重ね
2人はホテルを出た


東京駅に向かう途中
早紀は頭の中で色々と考えていた
酒の勢いじゃないと言ってもお互い大量のアルコールが入っていたことは確かで
俺のものになれと言われても彼女でいいのか、付き合っているということでいいのか…
だが一般社員ならともかく相手は課長で、しかもまだ着任して1ヶ月も経ってない
審査部はもちろんのこと、管理部の部下たちに渡瀬がどう思われるかなんて火を見るよりも明らかだ

「そんな難しい顔して
 何を考えてるの?」

無言で歩く早紀の頬を、渡瀬は横からつついた

「えっ、いや別に何もっ」

驚いて頬を抑える

「今日はまっすぐ帰るの?」

「今日は…あっ
 昨日の林田さんの誕生日会が
 今日にリスケになってたんだ…」

「林田も昨日薮原と飲んでるだろ
 2人とも2日連続飲みとは
 たいしたもんだ」

「…林田さんは分からないけど
 私はけっこう寝たので大丈夫です」

「ほぉ
 そんなこと言うなら寝かさなきゃ
 よかったかな?」

渡瀬はニヤリと笑いながら早紀の肩を抱いた

「そ、そんなことっ…
 大きな声で言わないでくださぃよ」

顔を赤くして慌てる早紀

「あはは!まぁ酒はほどほどに。
 終わったら連絡して
 ちゃんと帰ったか心配」

「…わかりました」

「うん。
 ちょっと話したいことがあっ…」

…ピピピピ …ピピピピっ

言葉を遮るように渡瀬のスマホが鳴り響いた

胸ポケットから取り出し画面の名前を見て

「…管理部の三木だ…あー忘れてた…
 ちょっと出るね

 …おはよう!
 悪い、あの件だよな?」

渡瀬はタバコの自販機の横にある灰皿を見つけ話しながらそこに移動した

早紀はあえて少し離れたところにある自販機で水を2本買い
1本空けて一気に半分近く流し込んだ
二日酔いでまた夜飲み会かと思うと胃のあたりが少しムカついたが
冷たい水がそれを緩和していった
林田の誕生日会をまたリスケしたら
きっと美加の目が釣り上がると苦笑いをした
それから片手にタバコの煙を立たせながら通話をする渡瀬をぼんやり見ていた

話を終えた渡瀬はタバコを灰皿に落として
早紀の元へ戻ってきた

「悪い、今日朝一で改善案を提出さ
 せてるの忘れてた
 …行かないと」

「わかりました、私は大丈夫です
 はぃっ、これどうぞ
 きっと今日は喉が乾くから」

早紀は笑顔で水のペットボトルを差し出した

「ありがとう
 夜、終わったら連絡しろよ」

渡瀬は嬉しそうに笑い早紀の頭をと撫でて1人、東京駅の改札へ足早に向かった
< 29 / 70 >

この作品をシェア

pagetop