密星-mitsuboshi-
エレベーターの前まで来たとき、早紀は林田に渡すプレゼントを持っていないことに気がついた

「ごめん美加さん
 ロッカーにプレゼント忘れてき
 ちゃったから取ってくる
 ちょっと待ってて」

早紀はそう言って小走りで戻り
ロッカーからキレイに包装された水歌を入れた長細い紙袋を取り出した

オフィスを出る時、出入り口近くから林田の様子をうかがうと
まだ電話を片手に話し込んでいたが、早紀に気づくと口文字で“ゴメン”と言って見せた
早紀は笑いながら数回頷いて軽く手を振った

その瞬間

「お疲れ様」

すぐ後から声をかけられた
心臓は正直で、その顔を見る前から大きく音を立ている
振り向くと渡瀬が立っていた
平静を装うが声をかけられるなんて思っていなかった分余計に動揺してしまう

「お…お疲れ様です」

そう言って頭を下げた

「夜、終わったら…」

渡瀬が言いかけたところで、
一服して戻ってきた審査部課長吉田が渡瀬見つけ話しかけにきた

「あ、渡瀬君
 昨日話してた監査の件で、
 ひとついいこと思いついたんだけど
 今いい?」

「あ、はい!」

渡瀬は早紀に小さい声で、“悪い”と言うと吉田と一緒にのデスクに向かっていった

(何か言いかけたけどなんだろう)

早紀は渡瀬の後姿を見送ると、美加を待たせてることを思い出しエレベーターへ急いだ


林田の誕生日会は、いつもおなじみマス屋で行う
のれんをくぐり店内に入ると、
やたらとテンションの高い店主の声が出迎えた

「いらっしゃーい!
 待ってたよ~!
 あれ、主役の林田君は?」

「マスターこんばんわ!
 昨日は急にリスケしてごめんね
 林田は終わり次第すぐくるから!」

「そっかそっか!
 さあこちらへどうぞ」

店主が案内してくれたテーブル席には、既にいくつかの料理が並べられていた

「わぁ♪すっごいおいしそう」

「ほんとだー!!
 あ、だし巻き玉子もあるー」

「どうする?
 林田クン来てから始める?」

店主はおしぼりを2人に手渡した

「ううん、先に始めてる!
 とりあえず生2つお願いします!」

「了解! 生2つー!!」

店主がそう叫ぶと奥からすぐにジョッキに入った生ビールが運ばれてきた

『かんぱーい』

二人の明るい声の後にカチンっとジョッキを合わせる音が鳴った
早紀はいつもなら一気に飲むところが昨日のダメージが残っているのか半分ほどでジョッキを置いた

「で!
 昨日は何があったの?」

美加は珍しく全て飲み干してから、真剣な顔で早紀を見た

「あーうん、
 どこから話せばいいのか…」

「じゃあまず、
 そのマークをつけた相手から」

そう言って美加は早紀の胸元を指差した
早紀は苦笑いしながら胸元にてをやった

「…実はね、これは…
 これをつけたのは…渡瀬課長なの」

「えっ??!」

美加は驚いて持っていた箸をテーブルの上に落とした

「ちょっと美加さん?!
 そんなに驚いた?」

早紀が箸を拾いあげても美加は目を丸くしたままでいる

「え?え?!
 ホントに渡瀬さん??
 何でそんなことになったの?!」

美加の目は驚きと興味でキラキラし始めていた
早紀は会社を出た後から今朝までに起きたことをありのままに順を追って話していった

「……なるほどねー
 それじゃ今渡瀬さんと付き合って
 るってことなの?」

「…多分」

「…多分てなによ
 しかし渡瀬さんもやりてだね
 間野ちゃん幸せ?」

美加の質問、“幸せ?”に対して早紀は、笑顔でうなづいた

「あー可愛らしい顔しちゃって!
 間野ちゃんが幸せなら私も嬉しい♪
 渡瀬さんて、直接話したことないけ
 ど見てる感じ林田が言ってたとお
 り仕事できる人だね。
 渡瀬さんきてから数字も上がってるし
 部下ウケもいいみたい。
 おまけに顔もそこそこ男前で…
 いい人捕まえたじゃーん♪」

美加が渡瀬を褒めた言葉が、早紀は自分のことのように嬉しく感じた

「でも渡瀬さん、
 このこと公にするつもりかな?」

「公?」

「うん。
 もし公になるとどちらかが異動に
 なるかもよ?
 渡瀬さんは着任したばかりだから
 移せないとすると
 多分間野ちゃんが異動になる
 社内恋愛は禁止じゃないけど、
 同じところにいると何かと問題の
 タネになるから色々言い訳つけて
 どちらか片方を異動させるの
 暗黙のルールみたいな感じ?」

「そうなんだ…知らなかった…」

早紀はふと
朝、渡瀬が“話したいことがある”といった言葉が頭をよぎった

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