密星-mitsuboshi-
早紀が林田に聞きたいことはたくさんある
でも何を聞いたらいいかわからないほど頭の中は真っ白だった

そんな早紀の気持ちを察して、美加は渡瀬と篠山里緒のことについて聞き始めた

「ねぇ、林田
 篠山里緒…さんと渡瀬課長の話は
 有名なの?」

「うん?まぁね。
 何せあの篠山常務の娘だし、
 渡瀬さんは常務のお気に入りだし
 その2人がくっつくのは当然かみた
 いな感じじゃない?」

「ま、まぁそうだね。
 ちなみにいつから付き合ってるの?」

「えー?いつだろう
 1.2年じゃないの?
 詳しくは知らんけど」

美加達のやり取りを聞きながら、
早紀は渡瀬の言葉を思い出していた

“酔った勢いじゃない
 同じ場所で働いてる女に
 そんな危険なことはしない”

確かに今朝、渡瀬はそう言った
あれは一体どういう意味なのだろう

考えれば考えるほど言葉の真意がわからずに頭が混乱していった

そのあと早紀は自分がどんな顔で、どんな言葉を発し、何を食べ、どのくらい飲んだのか、いつ店を出たのかさえも思い出せないほどに上の空だった

気づけば木賀駅のホームに林田と立っていた

「…あれ、美加さんは?」

美加の姿がないことにようやく気付いて周りに目をやる

「おぃおぃ大丈夫か?!
 そんなに酔った?
 美加はさっき電車乗ったじゃん」

林田は心配そうに早紀の顔を覗き込んだ

「あ、あぁそうか。はは
 ホントに酔っ払ったみたい」

言われてみればほんの何分か前に美加を見送ったような気がしたがはっきりしない

「お前ホントに大丈夫か?
 調子悪いなら少し休むか?」

林田が後ろにあったベンチに目をやるが

「大丈夫、大丈夫
 ホントに大丈夫だから」

早紀は無理やり笑顔を作って見せた
それを見た林田は早紀の腕を掴み、半ば強引にベンチに座らせて
しゃがんで向き合い、いつになく真剣な目で早紀の目をみた

「…お前、なんかあったろ」

「?…な、何もないって」

早紀はその目をまっすぐ見れずに無意識にそらした

「お前さ、
 渡瀬さんと何かあんの?」

「!?」

その言葉にそらした視線が林田の顔へと戻る

「…考えてみたら、
 俺が昨日薮原さんと飲んだことは
 渡瀬さんしか知らない
 それに篠山さんと渡瀬さんのこと
 知ったあとからお前ずっと上の空
 だったろ」

「…上の空…。
 ごめん、誕生日会だったのに」

「そうじゃないだろ」

林田は思わず早紀の肩を掴んだ

「…とにかく!
 何もないし、私は大丈夫」

早紀はそう言うと肩を掴む林田の手をどけてまた無理やり笑ってみせた

「おまえな…」

そこへ、ファーンという警笛を鳴らして東京行きの快速がホームに入ってきた

「林田さん、先に乗って
 私ちょっとお手洗い行ってくる
 今日はごめんね
 それから…誕生日おめでとう」


「…。
 …そんな顔で言われても
 全然嬉しくない」

そう呟いた林田の言葉は、電車のドアが開く音にかき消された

林田はひとつ大きなため息をつき

「…もしなんかあったら
 ちゃんと言えよ?」

そう言って早紀の頭に手を乗せた

発車ベルが鳴ると、林田は軽く手を振り電車に乗り込んだ
閉まったドアの前に立ったまま、
電車が動き出してからもずっとその目は、ホームにたたずむ早紀を追っていた




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