密星-mitsuboshi-
林田を乗せた電車は早紀の前をゆっくりと通り過ぎて行った

早紀は電車の後ろのライトが見えなくなると、そのままベンチに腰掛け
ただボーッとしていた

その間、幾本もの上下電車がホームに入っては発車していった

どのくらい座っていただろうか
スマホの画面を見ると、時刻は23:50にもなっていた

そしてその画面には不在着信の文字が表示されている
内容を見てみると、23時30分から3件着信が来ていた
発信者は“渡瀬 孝久”と表示されている

早紀の指が発信ボタンを押すかどうか迷っていた
聞きたいことは色々ある
だが、声を聞いて取り乱したりしないか不安だった

しばらくスマホを見つめていたが、発信はせずにそのまま電源を落とし、
ちょうどホームに入ってきた東京行きに乗り込んだ



翌朝
早紀は鏡の前で自分の顔を見つめていた
クマもないし、むくんでもいない
少し寝不足で目が腫れているような気もするが化粧をすればわからない

結局、渡瀬からの着信に折り返すことはしなかった


今ならまだ引き返せる
たかだか一度寝ただけ
お互い酔って分別がつかなかった
ただそれだけのこと

未経験でもあるまいし
騒ぎ立てることじゃない

ここですがったらただの子供


鏡に映る自分に向かってそう言うと、頭を左右に強く振って息を大きく吸い込んだ

いつも通り出勤すると、ロッカーで早紀が出勤してくるのを待っていた美加が心配そうによってきた

「間野ちゃんおはよう
 大丈夫だった?昨日あれから
 電話したんだけど直留守だったから
 心配で」

「ごめん美加さん
 スマホの充電が切れちゃって
 でもちゃんと帰ってちゃんと
 寝たから大丈夫」

早紀は笑顔を見せた

「そう?それなら良かったけど…
 …それにしても考えれば考える程
 ムカついてくるわ」

普段はニコニコしている美加の顔が、ものすごい形相に変わっている
それをみた早紀はまた少し笑って

「ありがとう
 美加さんがそうやって怒ってくれてるし
 私は大丈夫。
 あれはお互い飲みすぎたせいで
 魔がさしたんだんだよ。
 ね?」

そう言って美加の手を取り今の自分の気持ちを伝えた

「…間野ちゃん。」

美加は早紀のその表情を見て少しだけ悔しそうにしながらも、ため息をひとつついて
その手を握り返した

早紀がデスクにつくと、いつもなら始業前のこの時間は既にデスクに座っているはずの渡瀬の姿はなかった
いない理由はわからないが早紀は内心ホッとした
今渡瀬の顔を見てしまったら、自分の感情を抑えられる自信がない
いないならその方が今は気が楽だった


14時を過ぎた頃、
早紀は吉田に遣いを頼まれ総務部のある7階へ向かっていた
7階は、総務部の他に中規模の会議室が2部屋あるだけで
会議室を使用している時以外は人の通りもなく静まり返っているフロアだ
早紀が会議室の前を通りかかると1つの会議室が使用中となっていた
お偉い方や来客と鉢合わせになるのは面倒だと思い、早紀は小走りで一番奥の総務部へと急いだ
吉田から頼まれた資料ファイルと書類を何枚か受け取り、早々に総務部をあとにした

トイレに挟まれた給湯室の前に差し掛かったところで、
いきなり強い力で腕を掴まれ、あっと言う間に給湯室の中に引きこまれた



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