密星-mitsuboshi-
渡瀬が自身のデスクに戻ってきたのは16時頃のことだった
戻ってからも管理部の役職者を集めて会義やら、電話対応やらと慌ただしくしていた

それでもたまに聞こえてくる渡瀬の声が、給湯室での出来事を思い出させる
早紀はその都度、無意識に胸元にある渡瀬の印がつけたれた箇所に触れた



18時すぎ

早紀は同時に美加が早紀の元へとやってきた

「間野ちゃん、お疲れ様
 私ちょっとみたい服があるの
 少し付き合って?」

「…? うんわかった」

美加の笑顔に若干の不自然さを感じたが
渡瀬の仕事が終わる時間もわからずに待つのも退屈だと思っていた分、
美加の誘いは好都合だった


駅前の商業ビルの中に入ると、ファッションフロアへ上がるエスカレーターではなく、美加はそのまま1階奥にあるカフェへと歩いて行った

「あ、あれっ?美加さん
 洋服見るんじゃ…?」

「あぁ、あれは間野ちゃんを
 連れ出す口実~」

美加はニカッと笑った
奥に空いていたソファ席を見つけると

「間野ちゃん、
 あそこの席とっといてくれる?」

そう言って指差すと、美加はそのままレジカウンターの列に並んだ

言われた通り座して待ってると、程なくして両手にカップを持った美加がやってきた

「おまたせ♪
 私のおごり」

「いいの??
 ありがとう美加さん」

目の前に置かれたカップからはコーヒーのいい匂いが湯気と一緒に立ちのぼり
口に含むと鼻を抜けて、気持ちを軟化させていく

美加はカフェラテの入ったカップを両手で持って冷えた手を温めながら
優しい目で早紀を見た

「朝はもういいって言ってたけど
 渡瀬さんと話してみた?」

早紀はコーヒーの入ったカップを見つめながら首を横に振った

「そっか~。
 責めてやりたいとこだけど、
 あくまで噂話として知った手前、
 間野ちゃんからは聞きずらいね…」

「…うん
 昨日の夜、何度か電話がきてたん
 だけど出なかったし、
 折り返しもしなかったの
 冷静に話せる気がしなかったし…
 一晩考えて、渡瀬さんとのことは
 お酒のせいだった思おうと…」
 
「なるほどね。
 朝言ってたのはそうゆうこと
 だったのね」

「…なのに偶然会って」

「あ~、総務に行った時ね?」

「えっ?」

「…そぉれ」

美加が指差した早紀の胸元には、まだ薄赤くその印が残っていた

「あっ!?」

慌ててトップスを引き上げて隠すが意味をなさない

「そんなのついてたら気付くわ」

「いやいや、
 何もしてないよ?!」

「いやいやいや、
 普通にしてたら、
 そんなもんつかないから~
 …それで渡瀬さんはなんて?」

顔が赤い早紀に半笑いの美加 
早紀は小さく咳払いをして 

「…電話にでなかったことで
 察したみたいで
 “半端な覚悟で社内の女に遊びで
 手を出したりしない”って」

と小さな声で言うとコーヒーを口に運んだ

「うーーーん。
 それって本気ですってこと?
 相手は篠山常務の娘…
 しかもキツイ性格って言ってたし
 バレたらえらいことになりそうだ
 けど…」
 
「それで今夜、
 話があるから待っててって
 言われたの」

「話し?何の?」

「内容までは分からない…
 …言い訳だったりして」

早紀は自分で言ったことに自分で苦笑った

「…言い訳って…
 ホントに言い訳だったら
 一発ひっぱたいてやんな」

美加はそう言って平手打ちの素振りをして見せて八重歯をのぞかせた
そんな美加を見て早紀の顔にも少し笑顔が戻った

「あそうだ…」

美加は思い出したように自分のバックの中から冊子を取り出して、早紀の前に置いた

「これって」

手に取ると、それは社報だった
社内で月に一度、広報から発行されている会社の行事や社員のことなどを載せた
小冊子だ

「昨日、帰って探してみたの。
 それは1年前のだけどここのページ
 見て」

美加が開いた見開きの右のページに大きく乗っている写真
それは今より少し長いがキレイな黒髪で、
紺色のパンツスーツで決めている
見出しは、

『最年少女性管理職誕生』

と出ていた

「篠山里緒が課長に昇進した時に
 組まれた特集ページだよ
 確か載ってたなと思って」

それは昨日、紛れもなく公園の横の通りを渡瀬の隣りで笑いながら歩いていた女性だった

「この人だ…」

外で見た時は遠目で、横顔しか分からなかったが
写真に写る顔を見ると
顔は小さくかわいいというよりはキレイな印象
目鼻立ちがはっきりしているせいもあるのか、少しキツく見えてしまうのもわかる気がした
そして下の方には、小さくだが篠山常務と並んで笑顔で撮られている写真も載っていた
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