密星-mitsuboshi-

「…3年」

早紀は呟いて立ち上がると、遊歩道を挟んですぐ前にある柵の手すりに腕を置き、その下を流れ行く黒い水面を見つめた

「…この3年俺は里緒のことを好きだ
 と思ってた
 気が合ったし、
 それなりに楽しかったしね
 でもお前に会ってから、
 それは違うと知ったよ」

「?」

早紀が振り返ろうとした瞬間、
渡瀬は早紀を後ろから包むようにふわりと抱きしめた

「俺は里緒のすることに興味がない
 まったく気にならない。
 でも、お前は違う
 あの乗り換え通路を一緒に歩い
 た後の2週間、
 毎日あそこを歩くたびに、
 お前がいないか探してる自分に
 気づいた時は、自分で自分が
 可笑しかったよ
 後ろから声を掛けてこないかとか
 今誰といるのか
 誰かと呑んでるのか
 すっ転んでないか…
 いちいち気になって仕方がない」
 
早紀は足の力が抜けそうになるのを必死でこらえて立っていた
 
「林田の誕生日の夜
 通路の先を歩くお前を見つけた時、
 ついに幻覚が見えたかと思ったよ。
 急いで追いかけたら本当にそこにい
 たから、嬉しかった。
 …俺はお前が好きだ」


“お前が好きだ”


優しくそして力強い渡瀬のその言葉に早紀は、
今まで張りつめていた気持ちの線がプツリと切れ
その目からは涙が溢れ出た
終わることを覚悟していた早紀にとって
ベッドの中でもなく、アルコールも入っていない
何のせいにも出来ない状況で聞いたこの言葉は
心の奥底で、欲しくて欲しくて堪らなかった

渡瀬は早紀身体を自身の方に向きなおし、溢れて頬に伝う涙をその指でぬぐった

「里緒のことを話さなかったのは
 ずるいと思ってる
 何度か話そうと思ったが、
 話せなかった
 よりによって人から聞いて、
 ショックだったよな
 …言い訳はしない
 お前に嫌な思いをさせた俺が悪い」

「それはもういい…」

早紀は、しゃくりあげながら渡瀬の胸に顔をうずめて小さな声でそう言うのがやっとだった
 
「里緒とはもういられない
 里緒本人の性格とか篠山常務のこと
 があるから
 すんなりいかないかもしれない
 それでも!
 俺はお前がいい
 …待てるか?」

どこかで見た不倫ドラマのようなセリフ
テレビの前にいたらきっと
馬鹿な女、男は奥さんと別れる気なんかない。
浮気男の言葉を信じるなんてどうかしてるわ。
そう言って笑ったかもしれない
でも実際自分がその場所に置かれると
目の前にいるこの男の言ってることを信じて待ってみたくなる
いや、信じなければ一緒にいられない
待つことがどんなに苛酷でも、
そばにいるためには信じて待つしかない
『惚れた弱み』
早紀は頭に浮かんだその言葉に
心の中で苦笑いして顔を上げた


「私のことが、好きですか?」

早紀は渡瀬の瞳を真っ直ぐ見てそう問いかけた

「あぁ、好きだよ」

渡瀬も早紀の瞳を真っ直ぐ見つめ返して答えた

それを聞くと早紀は

「それが本心なら、私は大丈夫」

そう言って微笑んだ

渡瀬はたまらず早紀を抱きしめた
その腕には力が入り
きつくきつく抱いた

「お前を離したくない」

渡瀬の唇が早紀の唇をとらえた時、
レインボーブリッジを彩っていたライトが落ち、
あたりは数秒間、紺色が覆った
渡瀬の顔越しに見えた空にはオリオンの三つ星がより強く光っていた



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