密星-mitsuboshi-
「これ、
 里緒さんが作ったんですか?」

林田は盛られた料理からひとつ口に放り込み最後に残った皿を手に持った

「そんなわけないでしょー
 来る時にデパ地下で買ってきたの」

「なるほど。
 うまいわけだ」

「なんか言った?」

里緒は林田を頬を軽くつねると、
グラスを2つ、食器棚から取り出した

「はいこれ。
 日本酒飲むのに使って。
 バカラのグラスだから
 気をつけてよー」

差し出されたグラスは、指紋の痕ひとつない至極透明なクリスタルガラスで
フランスを代表するクリスタルガラスのブランド、バカラのグラスだった

「へー。
 バカラグラスってツルツルの
 ノーマルグラスしか見たことな
 かったけど
 こんなデザインのもあるんですね」

「そうよ。
 これはオリオンって言って
 厚みのあるボディに丸いカットが
 入ってるの
 この大きな丸い窪みが手になじんで
 使いやすいのよ
 付き合ってすぐぐらいの時に
 父が買ってくれたの」

「うわ。
 それ聞いたら怖くて使えないん
 ですけど」

「大丈夫よ。
 どうせ渡瀬が日本酒飲む時くら
 いにしか使わないし。
 私は日本酒飲まないから
 片方だけ使われないのも
 可哀想でしょ?
 だからたまには出番をあげないと」

里緒はそう言って笑うと、林田が持っていた料理のお皿とグラスを取り替えリビングへと持って行った

林田は渡瀬の隣に戻り、里緒から渡されたグラスをテーブルに置いて箱から水歌を取り出した
水歌の栓を外して林田がグラスに注ごうとした瞬間

渡瀬は自分の前に置かれたグラスを1つ取り上げた

「悪い林田。俺はいいわ」

「え?!どうしたんですか?!
 水歌ですよ?!」

渡瀬の言葉に里緒も驚き

「どうしたの?
 あなたが水歌を飲まないなんて、
 具合でも悪いの?」

と渡瀬の顔を覗き込んだ

「いや、
 せっかく林田が誕生日プレゼント
 としてもらったんだから
 お前が全部飲んだ方がいい
 …ほら、俺に飲ませたら全部
 飲んじゃうし。
 な?」

渡瀬はそう言って林田の肩をぽんと叩くと、
そのままグラスを持ってキッチンへ行ってしまった

驚いたまま林田は、里緒と目が合い2人とも首をかしげた


渡瀬は冷蔵庫を開けて冷えた缶ビールを手に取ると、小さなため息をついた

頭の中で早紀と水歌を飲んだ日のことが思い出されて仕方がない

更に、林田がプレゼントにもらっただの、楽しんで飲めと言われただのと口にするのもイラだった
林田に罪がないのは十分わかってるいるが、この子供じみた嫉妬心をおさえることができない自分に、ため息しか出なかった

渡瀬はこのもやもやした感じを飲み込むように、手に取った缶ビールを一気に飲みほした
リビングに戻ると、その場がやけに盛り上がっていた

「なんの話?」

ソファに座り林田に話の内容を聞いた

「あぁ、社内の恋愛事情とか
 噂話から始まって、
 今は、それぞれの好きなタイプ
 とか恋愛遍歴の話になった
 とこです」

「あぁ…そう」

同じ会社に勤める独身の男女が集まればおのずとそういう話になるのだろう
渡瀬はさほど興味を惹かれなかった

そのうち、話を聞いていた里緒が丁度向かいにいた林田に目をとめた

「そう言えば林田は彼女いない
 よね?作る気はないの?」

林田はいきなり振られて、飲んでいたものが気管に入ってむせた

「…そーですね、
 もう3年くらいいませんけど
 作る気はあんまり…」

林田の答えに女性陣は意外な顔をしている

「林田ならモテそうだけどねー。
 ねぇ!だったらさっ、
 新しい出会いとか ー 」

「彼女作る気はないけど、
 好きな女はいますよ」

里緒の言葉を遮った林田の言葉に、その場にいた全員が驚いた
そしてすぐに冷やかしを含めた歓声があがった

「えーそうなんだ!会社の人?!」

「同期とか?!」

「逆に社外?」

「年上?年下?」

「どんな人ですか?」

などと方々から口々に質問が飛ぶ

「えー。
 この話そんなに食いつきいいと
 思わなかったな~
 まぁ、
 俺のことはいいじゃないですか
 これ以上は秘密です。」

林田は困ったように頭をかいて笑顔を作るとグラスを一気に空にした
< 48 / 70 >

この作品をシェア

pagetop