密星-mitsuboshi-
三木と別れてすぐ、早紀は渡瀬にメールを打った

“今、三木さんと別れたところ
電話に出て”

だが、10分たっても返信はこなかった

(とりあえず家にいってみよう…
 確か駅は豊森)

早紀はすぐに乗り換えアプリで経路検索をかけた
秋葉原で乗り換えれば、渡瀬の最寄駅の豊森駅へ向かう終電に間に合う

乗り換えのホームでも何度か渡瀬に電話をかけたが、出なかった
京浜線の最終電車が豊森に到着したのは
午前1時06分だった
終電と言うだけあり降りるお客も少なくはなかった
改札を出たところで、早紀は家の場所までは知らないことに気がついた

そこで早紀はもう一度渡瀬に電話をかけた
6コール目、やっと電話に出た渡瀬の声はやたらと低かった

「よかった!やっとつながった…
 今豊森の駅だけど、
 ここからどうしたら」

「タクシー乗って3つ目の信号を左折
 三差路で降りて左がわの道絡の方にみえ
 る大きいマンション」

「わかった…部屋番号は?」

「312
 鍵は空いてる」

早紀は電話を切ると、タクシープールにとまっていたタクシーに乗り込み
渡瀬の言うとおり三差路で降りた
左の道の大きなマンションはすぐに分かった
早紀は急いで言われたとおり312と書かれたドアを探した
ドアの前、
ドアノブにかけた手を一度止めて呼吸を整え、
思い切ってドアを開けた
玄関は真っ暗だったが、玄関からまっすぐ伸びる廊下の突き当たりのドアのガラス部分からは微かに明かりがもれていた

「おじゃまします…」

早紀は小さくつぶやいてから突き当たりのドアに向かった
ドアを開けると広いリビングの中央のソファに座っている渡瀬のうなだれた背中があった
テレビもつけずまったくの無音
テーブルの上には口の開いたビールの缶が真ん中だけ力任せに凹んで6缶、無造作に置かれていた

「…渡瀬さん?」

早紀が近くまで寄って声をかけると
渡瀬は早紀を見るなりその腕を強く引いた
構えていない早紀の体は引かれるままふわりと渡瀬の腕の中におさまった

「心配した」

渡瀬は腕に力を込めながらそう一言小さな声で言った

「…ごめんなさい
 お酒…こんなに飲んで大丈夫?」

「…大丈夫じゃない」

渡瀬は早紀に顔をうずめたまま小さくつぶやいた
早紀は何も言わずに渡瀬の背中に腕を回し、手のひらで小さくさすった

「三木と2人で飲んでるって
 思うだけでイライラして仕方がない
 お前にその気がないのはわかってても
 三木だって男だから」

「うん。
 北船橋の居酒屋で飲んで話したただそれ
 だけだから安心して?」

早紀はそう言いながら渡瀬の背中を優しくさすり続けた

「…怒鳴って悪かったな」

「え?」

「電話。
 近くに三木がいたんだろ?」

「あぁうん、大丈夫
 ちょっと驚いたけど」

「終電で帰るってメールが来た瞬間に
 不安になって
 電話しても出ないからつい」

早紀はまるで子供のような渡瀬
心配という嫉妬をどうすることもできずに、ただ約束の時間が来るのを待っていた渡瀬の不安な気持ちが、
テーブルの上の缶力任せに凹まされた缶ビールなのだろうか
早紀は会社では絶対に見せることはない渡瀬のこんな一面が愛おしく感じた

渡瀬の鼓動がいつもより早く身体も熱い

渡瀬はそのまま早紀をそっと床に寝かせた
薄暗い部屋の中でもお互いの顔はしっかりと見える
渡瀬は床に置かれた色の白い手を取り指にそっと口づけた
< 68 / 70 >

この作品をシェア

pagetop