峭峻記

蛛猛の心は救われない地獄に囚われているようだった。

「とんでもなく厄介な仕事よこされたな、こん畜生」

琥蓮の人間は、花街内で暴動を起こすのは御法度。花街を根城にしている自分たちが、その存在や正体を知られてしまうことは、琥蓮の居城が花街にあることを知らせるようなもので、そうなるのは死活問題だ。だから、通常それを回避するように動く。
それなのに···

「回避するべき状況を、あえて利用しちまったのか」

自警団の連中とドンパチ起こして、それでも殺さなかった蘇芳の事を感心していた。
蘇芳は唯でさえ、その風貌のために印象に残りやすい。連中を生かしておくと後々面倒になるかも知れない。そうなるくらいなら、殺してしまったほうが得策。死人に口無しで、即刻片が付く。多分、蘇芳以外の刺士なら、漏れ無くそうしていたはず。
多分、蘇芳自身も、基本はそっち。
 だが、生かした。
おそらく、生かす代わりに記憶をいじるなどして自分と争った記憶を抹消したのだろう。
人の記憶操作は簡単じゃないが、蘇芳なら出来る。だか回りくどい。
蘇芳は、面倒臭いやり方は好まないはず。

でも、そうしたのだ。

無益な殺生を避けた蘇芳に蛛猛は感心した。

が、すべて撤回する。

「最悪だ。」
とんでもない性悪だ。朱雅を鬼悪党とか言ってるけど、そういう蘇芳のほうが、正真正銘の鬼悪党だ。

 生かしたのは、慈悲などではなく、利用するためだったのだ。

「新型の毒香の試し打ちをするために生かしたのかよ。怖いよ。つか、どうなの?
人間で毒香の試し打ちとか、人でなしにも程があるけど?
家畜ならともかく、人間でやるか?
豚とか狸とかでやろうよ。
一般人に、とんでもないものブッ込みやがって、」

その後処理を、俺がする羽目になっているなんて。
質が悪いよ。

しかも、よりによって禁紫香。

琥蓮の武器薬開発部によって製造された毒香。
禁紫香は、一度体内に入ると、人間の体内で細胞と癒着し、細胞の活動能力を利用することで毒が増殖していく。
わずかな量でも、毒は体内で増殖するために、最終的には死に至らせる事が出来る。

自制期間というのがあり、毒香が本格的な殺人威力を発揮するまで、一定の猶予期間を与え薬効を自制する。
毒に力を自制する能力があるなんて、まるで生物兵器だ。

 
毒香は暗殺には不向きだが、広範囲に奇襲を仕掛けたり、敵兵の数を減らしたいときに使う、また自白剤としてはかなり使える。しかし、難点もいろいろあって扱いにくい。
そこで、考案されたのが、禁紫香。
毒香の難点をすべて解消した新型の毒香。

この毒香の一番の特徴は、その豊富な活用法。香と言えば、火で炊き煙を起こさねばならないが、禁紫香は、三態すべてに加工できる。通常の毒香同様、固体を燃やし煙にして吸わせる方法の他、固体のまま練り香として武器に塗り使用する方法、液体にして散布し匂いを嗅がせる方法など様々。

この発案者が、蘇芳。
ただ、禁紫香が厄介なのは、解毒する方法が一応あるのだが、またややこしいことこの上なく、面倒臭い。

「それはそれで、面倒臭い後処理の期間は、半月。加えてこの、得体の知れない代物の調査も半月でやれっての?」

蛛猛は、朱雅に渡された白い残骸の包みを見た。

「半月ねぇ。朱雅さんも、蘇芳嬢も、揃いも揃って···」

ふと、蛛猛はその場に立ち止まる。
そして、吹き出して笑う。
「ふっ、ふふふ。あはははっ!!そう言うことか。恐れ入ったぜ、蘇芳嬢。」

蛛猛は、蘇芳の指示が意図する意味に感づき、意を得たりの顔をする。
 蛛猛は、再び、回廊を歩きだした。





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