峭峻記
「まったく性格がねじ曲がってると、何でも悪い様にしか思えないのね。たぶん性根から曲がりくねっているのよ朱雅は。可哀想ね。」
と、蘇芳は飽きれ顔で言った。
朱雅は、その蘇芳に冷たい視線をくれる。
「そうか?私は相変わらず間抜けで夢見がちな水樽頭のほうが、よっぽど可哀想な奴だと思うが。」
朱雅は、そう言って蘇芳を鼻であしらう。
「私のどこが、間抜けで夢見がちな水樽頭なのかしら?人を馬鹿にするときだけは妙に生き生きしてらっしゃいますね?生粋のお利口さん?自分以外は皆、阿呆みたいに思ってんでしょうね?この陰険野郎!」
蘇芳は、そう毒づいた。
「私は、お前だなんて一言も言っていないが?」
朱雅の鋭い一言で、蘇芳は一撃で撃沈した。
もう何も言えない。
完敗だ。
「なぁ、蘇芳。10人の皇子のその中に、君主に足る素質を持つ皇子はいたと思うか?」
「そんなもん、わかるわけないじゃない。誰一王にならないで死んでいったんだもの。素質がある皇子がいたかどうか?知れるならこっちが聞きたいわよ。」
そう言うと、蘇芳はそっぽを向いて腕を組み、足に肘を置いて身を丸める。
「わからない?ふっ···考えたくないの間違いでは?考えを巡らせる脳もないとは。一体何を見て何を学んで生きてきた。それでは師匠も草葉の陰で泣こう。」
朱雅は、お決まりの人を蔑む冷たい視線と人を小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべた。
「···10人の皇子たちは玉座を得るため戦い続け、最後は結局共倒れしていった。君主の素質云々については全員死んでしまった以上、もうわからない。けど、ひとつ言えるのは、皇子の誰もが君主になれる存在だった。可能性としても、そう言える。」
蘇芳は、横を向き頬杖をつきながら言った。
朱雅は、立ち上がり書棚から琥蓮が過去に関わった事案の調書を取り出して開き見ながら言った。
「なるほど、その意見は間違いではない。及第点だ。だが、私が聞いている質問の答えをうやむやにしている、落第だな。」
そうして朱雅は蘇芳を見る。
朱雅のその硬質なそれでいて高貴な美顔に視線だけくれている。
「朱雅は、皇子たちに素質なんてなかったと思っているんでしょうね?」
「思うのではない、そうだと言おう。」
蘇芳は、朱雅の言葉が決して結果論ではないということをわかっている。
ただ、彼が言わんとするその先の話に然したる興味が沸かない。というか肝に障る耳障りな話題なので嫌気が差す。
その先の王位戦争の末路だったら、もう知っている。嫌というほど
「蘇芳。お前だってその目であの惨状を見てきただろう。皇子たちの戦は、王になろうという者の戦いではなく···あれはもう」
「単なる殺し合いだった。」
蘇芳は、朱雅の言葉を遮り次いだ。
王位戦争の後半は、もう皇子たちの王位を巡る争い事では片付かない話になっていた。
そうだと位置付けるには、あまりに見境がなく無秩序過ぎた。
「そう。単なる殺し合い。虐殺行為だ。皇子とその一族たちは力欲しさにとんでもない奴等と手を組んでしまった。匪賊という外道とな。それが王位戦争が国を崩壊の危機にまで追い込んでしまった最大の元凶。」
朱雅はそう言うと、目を潜めた。
皇子たちは互いに殺しあって、一人また一人と数が減るなか、皇子の中には、自分より力ある皇子派に従属して機を窺い、頃合いを見て反旗を上げるといった策略や謀略を巡らせて、他の皇子たちの裏を掻いて出し抜き、騙し合い、争い続けた。
彼らは、自分たちの勢力を引き上げるため、戦に託つけ暴れ回っていた匪賊たちを引き込み戦力に入れ始めた。
そのお陰で、戦場は殺戮を楽しむ狂者たちの遊び場となった。
彼らは、皇子の命令で戦に出ているという願ってもない名目で、虐殺行為を公認されてしまったのだ。となれば彼らは向かうところ敵無し。卑劣な手法でやりたい放題に暴れ奏国中を血の海にしていった。
「匪賊軍なんぞ作ったせいで奏国は、人間を被った蛭(ひる)どもに食い尽くされていった。」
匪賊のほとんどが、もとをたどれば賭場を仕切っていた任侠団、それか世間から爪弾きにされた荒くれ者の集まりで、戦争で行き場を失い暴徒化した民を引き込み膨れ上がった暴力集団。
「彼らは、自分の縄張りをもち、それを拡大するべく戦争に乗じて目障りだった他の賊を潰し吸収し、自分たちの集団勢力を拡大していった。見境なく人を狩って。」
朱雅はそう言うと、書をめくる。
そこに記されているのは、琥蓮が討伐に関わった匪賊に関する記録。
「匪賊軍は王位戦争が生み出した負の産物だ。彼らの大半は、ただ暴れて物を奪い、私腹を肥やすことが目的だった。だか、ひとつだけ毛色の違う連中がいた。
奴等によって、琥蓮はそれまで掲げてきた組織の盟約を破り、賊退治に乗り出す羽目になった。王位戦争の最終戦に私たちを招いた最悪の集団『九弦衆』」
九弦衆の名を聞いて、蘇芳は茶を飲もうとして取った湯呑みをガンッと思いきり卓に打ち付けた。