峭峻記
最終戦地は、龍州の紅窪(こうわ)。
紅窪原(こうわげん)の戦い。
「なぁ、蘇芳?玉座とは、国を壊して得るものか?」
彼らが欲した玉座は、国にひとつ壊す勢いで争わなきゃ手に入らん代物か?私が思うに、それは彼らが国を治める君主の器をもっていなかった決定的な理由ではなかろうか?玉座に着くことを求めたその理由は、国を治めることではなくただ権力を欲したそれだけだ。玉座とは、国を治める一国の君主が座る椅子。玉座は彼らを選ばなかった。」
朱雅は、そう言うと静かに冷笑をする。
「だが、そうして新たな王が立ったところで世を治め、国を守り、武を諫める力がなければ結局同じだ。それに···」
朱雅は、言いかけた言葉を飲み込む。
「どのみち防げない戦だった。」
蘇芳は、朱雅の意を察して言葉を次いだ。
奏烈王は12人の皇子の誰にも、太子の冊封をしなかった。奏烈王は絶対服従の王権政治を掲げて、従わぬ者には苛烈な粛清を強いていた。
もし太子を定めたらきっとそれ以外の皇子は全員粛清されたはず。そうしなかったのは、皇子たちの中に太子に据えるべき器のある人物がいなかったから。けれど、奏烈王は覇王と呼ばれると同時に聡明な名君とも言われていた。争いを予測出来なかったとは思えない。それに、臆測だけど本当は太子にしたい皇子はいたんじゃないかって思うのよ。」
「ほう?太子にしたい皇子ねぇ。そんな皇子がいたなら、今ごろ玉座にいたのでは?」
朱雅が問うと、蘇芳は調書を眺める。
蘇芳は、調書に記された系譜の中にある一人の人物の名を見た。
奏烈王の第六皇子。奏 麗鳳(そうれいほう)
奏烈王が最初に後宮に入れた三人の妃の一人 鳳貴妃が産んだ皇子。
「第六皇子。この人物には、官吏も一目置いていたというし。彼は玉座に最も近い人物と思われていた。」
「官吏が一目置いていたという理由で、王が太子に据えたい人物とするのは浅はかだ。それに彼は、謀反を企てた罪で流刑になった。当の昔に王族から消された人物だ」
朱雅はクツクツと笑い交じりに言う。
「そこよ。謀反は大罪。けれど彼は斬首ではなく流刑になった。生かされたのよ。それって。」
「太子にしたかったから殺すのは惜しいから生かしたと?···違う。」
朱雅は、はっきりと否定した。
「」
いつかに見た表情と思った。
そう、確か激戦地だっだ瑛州と範州の州境にある黄秀平原(おうしゅうへいげん)を訪れた時。
一面、焼け野原になっているその地を眺めて朱雅が言った言葉
『 進むも亦憂ひ、退くも亦た憂ふるなり。 先憂後楽。 噫、斯(そ)人微(な)かりせば、吾(われ)誰にか歸(き)せんや。』
『岳雅樓記(がくがろうき)』という詩の一節を抜き出した言葉だ。
政治の中心にいても民間にいても、国や民衆を考えているのが為政者である。
『天下の人の憂いに先立って憂い、天下の人の楽しみに後(おく)れて楽しむ』このような為政者がいなければ、私は、いった誰に従えばよいのか。
「虚しい生き物だな。国を治めるはずの人間たちが、自分の守るべき国をこのように破壊している。人を殺め、街を潰す。壊さなければ得られぬ国なら、そうしなければ玉座に着けないというなら玉座など···玉座こそいっそ壊してしまえばいいのに。そうは思わないか?蘇芳。こんなことを言ったら、私は斬首かな?ふふっふははは。」
けれども、戦争が激化し、王都さえも戦火にまみれ、奏国は崩壊しかけた。
だが、長く続いた戦乱の中で徐々に各勢力も衰え、結果、皆共倒れしていった。
機を待っていたかの如く時の宰相は、戦争に加担した皇子たちを全員捕らえ、大罪の刑に処し、王位戦争は終結する。
そうして奏厳王の次に即位したのが、奏国現国主・奏珂王(そうかおう)である。