峭峻記
男は女が被っていた笠を剥ぎ取る。
現れた少女の顔を見て、男たちは驚いた。
少年かと思った若者は、
男装をした17か18歳くらいの若い女性であり、色白で、えらく艶麗な面立ちの美女だった。
「こりゃあたまげた。とんだべっぴんじゃねぇか。」
「こんな上玉にお目見えするなんてツイてますね。」
さっきまで血の気が立っていた男たちが、揃って不適な笑みを浮かべ
後ろを見れば、隠れていた別の男たちが道を塞いでいる。
女はチッ。と心で舌打ちする。
「悪いが私は暇じゃない、退いてくれ。」
「悪ぃな。こっちも怪しい奴は取り締まるっていうお役目があるんでね。」
そう言って、男は女の顔を掴み上向かせる。
「こっちは忙しいって言っているのがわかりませんか?貴殿方と遊んでる暇はない。その手を退けろ。」
「威勢のいい女だ。だが男装して顔隠してる女なんて怪しい奴を黙って帰すわけないだろう?悪いな嬢ちゃん。こっちも花街の取り締まりをするお役目があるんでね。」
そう言って、男は女の着物を引き剥がそうとする。
それを女は振り払い、代わりに男を蹴り飛ばした。
「悪いことは言わないから、私を怒らせないで下さい。痛い目見せますよ?」
倒れた男を見下ろしながら女が言った。
「大体、何が取り締まりだ。花街を警護する自警団というが、最近は難癖つけて追い剥ぎのような真似をする連中ばかり。まぁ自警団とは名ばかりのその実、ろくに働きもせず飲んだくれている破落戸のカスの寄せ集めですからね。ただ喧嘩が少々お強いというだけの穀潰しの吹きだまりだって専らの噂ですよ。おかげで上層部も色々手を焼いているとか?でも仕方ないですかね?そんな連中を雇ってる上にも問題がありましょうから。」
と言うと、女は小馬鹿にするように鼻で笑った。
「はっ。てめえ、言ってくれるじゃねぇか。俺たちにたて突いて唯で済むと思うなよ。女だからって容赦しないぜ。やっちまえ!!」
そう言って、男たちが一斉に襲いかかろうとした瞬間、男たちの動きが止まった。
「その言葉は、そっくりそのままお返しします。」
男たちは、まるで時が止まったかのように体が動かなくなった。
体には、長針の暗器が急所を捕らえて突き刺さっている。
(なっ、何だ‼動けねぇ)
男は周りを見渡した。仲間たちも皆同じように動きを止められている。見れば自分以外の連中は立ったまま白目を剥いて気絶している。
「どうですか?私の経穴殺法針(けいけつさっぽうしん)を受けた感想は?」
「けっ···けいけつさっぽうしん?」
男が聞き返そうとした矢先、体の中をえぐり掻かれるような激痛がやってきた。男はあまりの激痛で狂い死にそうに苦しみ叫ぶ。
蘇芳は、にこりと笑う。
「そう。体の急所穴に針を打つことで、効率良く迅速かつ確実に相手を仕留める暗殺術です。今回は、動きを封じるに留めておきました。急所を貫くスレスレのところで止めてあります。完全に貫けば死にます。ついでに貴方の針には特別に撹蠹(こうと)を仕込んであります。即効性の毒です。致死量ではないのでご安心下さい。」
女は男が苦しみ叫ぶ側で淡々と話すと、冷笑を浮かべて、冷たい刺すような眼差しをしながら、男の胸に刺さっていた針を指でピンと弾く。
すると、鞭でしばかれたか、はたまた雷でも落とされたかのような電撃痛が襲う。
男は更に悲鳴をあげた。